建築とまちづくり2024年4月号(NO.540)

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目次

<目次>

特集
コモン再生

松村 淳
コモンズ・空き家・街場の建築家

伴 年晶
コーポラティブの変遷からコモンズを再考する

中林 浩
コモンを実感する
――共有できる空間の条件

関(長瀬)由美子
茶堂は団地の精神的な拠り所
――首都圏郊外型団地内にコモンズが誕生するまでの軌跡

連載
「居住福祉」の諸相〈15〉
海浜の空間価値
岡本 祥浩

構造の楽しみ〈12〉
初心者に戻る
松島 洋介

私のまちの隠れた名建築〈26〉
宮古島市立総合博物館
沖縄県宮古島
伊志嶺 敏子

主張
空き家の現状と縮む社会
久永 雅敏

新建のひろば
富山支部――設立45周年「ゆるゐ」200号発刊

<主張> 空き家の現状と縮む社会

久永雅敏 全国常任幹事/もえぎ設計

 リタイアしてから家の周囲を軽く散歩することが増えてきました。特になにかを意図しながら歩くわけでもないのですが、この頃とりわけ空き家の多いことに気づかされます。高齢化の進展と縮む社会(縮退社会)という言葉がふと頭をよぎります。こんな静かで良好な住宅地にもそんな現実がやってきているのか。近所の人に聞くと、あとを継いで住む家族がいないらしい。子どもたちはどうも別の場所で所帯をかまえているようだということです。こんな大きくて立派な家でもそんなことになるとは一体どうなっているのでしょうねと話がはずみます。こんなことがあちこちで起きているようです。売却されても次に住む人がいればいいのですが、長いことほったらかしになっている家も多いらしい。
 社会が縮んでいくことをネガティブにとらえる必要はないのかもしれませんが、やはり隣近所のこのような現実は気になります。最近見たNHKの番組を思い出しました。「老いる日本の〝住まい〞空き家1000万戸の衝撃」という番組です。空き家の増えていること、その問題点などをさまざまな角度から出演者が討論するのですが、一つ面白い話が紹介されました。アメリカの中西部にフリント市というまちがあり、大手自動車メーカーの企業城下町として栄えました。しかしごたぶんにもれず景気の悪化を受けて工場の閉鎖が続き、人口は約半分に激減、当然空き家が急増しました。そこで市が打ち出したのは従来の政策とはまるで違う新たな都市計画、空き家・空地を緑地などにしようという「グリーンイノベーション地区」計画でした。「ランドバンク」という公的機関が空き家・空地を管理、国や自治体の予算を利用し、住民やNPOに貸し出し、再利用してもらうというもの。しかし、最初は反対の意見が多かったようです。そこで、住民をまきこんだ調査を始めました。自分たちの地域にある家の「老朽度調査」です。この調査の過程で住民の人たちはまちの厳しい現実と向き合うようになり、何回かの話し合いを経て反対意見がなくなり、住民合意が一気に進んだということです。空き家・空地対策は個人の問題(自己責任)で解決するのではなく「まちづくり運動」なのだということを実例をもって教えてくれる話でした。
 こんな調査結果があります。「住まい連」などの住宅関連団体が発表した『住宅取得層(25~54歳)予測』というものです。2010年から2020年の10年間で、20万世帯が減。今後2020年から2030年で270万世帯が減るという衝撃的な予測です。たとえば相続が発生するたびにいろんな使い方をするなどして、まちの世代交代や新しいまちの魅力づくりを考えていくような、これまでの価値観や固定観念の転換が必要ではないかという提起です。
 国はどんな対応をしようとしているのか。「空家等対策の推進に関する特別措置法」をざっと見てみました。目的(第1条)に、「この法律は、適切な管理が行われていない空家等が(省略)地域住民に深刻な影響を及ぼしていることに鑑み(省略)空き家等の活用を促進(省略)」するというのはいいのですが、対策は空き家所有者の責務や管理を促すことが中心で、活用については「適切な配慮」という一言でかたづけられているようにみえます。またもや自己責任論です。空家等管理活用支援法人についても同様な疑問を感じます。また「住生活基本法」による「基本計画」も見てみました。空き家の状況に応じた適切な管理・除去・利活用の一体的推進と言いながら、所有者による適切な管理を促し、管理不全空き家や特定空家への対策強化を強調。利活用の推進方策として、多様な二地域居住や空き家バンク・ランドバンクなどをあげるのみで、具体性も「まちづくり」の観点もまるで見られないのが残念です。
 先にも述べたように、縮むことは決して悲観することではなく、それと前向きに向き合い豊かな生活空間を築くきっかけにしたいと思います。そんな役割が私たちに求められているのではないでしょうか。

<特集> コモン再生

コモン、コモンズという言葉は入会地と訳されることが多く、漁場や里山など権利を伴う場所を示すのだという認識が、以前は一般的だったのではないでしょうか。世界的には牧草地の管理から考えられてきたようで、アメリカの生態学者ギャレット・ハーディンが、1968年に「コモンズの悲劇」という論文を発表して以降、農学、資源学、文化(社会)人類学、政治学などひとつの学問に留まらずに、コモンズが学際的に論じられることになってきました。
 梅棹忠夫は著作『ボドとシュトッス』のなかで、中部ヨーロッパ山岳地方の牧畜においては、放牧地の生産力を落とさずに飼えるウシの頭数を示す、環境容量に相当する単位「シュトッス」があるとしています。それに対してフィールドワークをしていた内モンゴルでは「ボド」という家畜に関する単位があることを知ります。しかし、それは税金などを計算する際に異なる種類の家畜を統合させるための単位であり、環境容量を表すものではありませんでした。乱暴に言い切ってしまえば、中部ヨーロッパの山に囲まれた限りある放牧地と、延々と大地の続く内モンゴルの、移動を前提とした牧草地の違いであり、環境は守るべき対象とみるのか、降雨量のような環境に左右されてしまうのかの違いでもあります。
 こうした何かを収穫・獲得する場として、金銭的対価が見えやすいコモンズだけでなく、お金には換えられない何か、のあるコモンズを、建築やまちづくりの分野では考えてきたのではないでしょうか。いまや、空気や水といった資源が「グローバル・コモンズ」と呼ばれ、メタバース(仮想空間)のような新たな人間の活動空間を「デジタル・コモンズ」と捉えようとするなど、聞くには心地よい言葉として広がっています。分かったような分からないような、そんな言葉に振り回される前に、まずはこれまで私たちの身の回りの、具体的な実践例に学びたいと思います。

担当編集委員/桜井郁子・中林浩

<ひろば> 富山支部ー設立45周年「ゆるゐ」200号発刊

 新建富山支部設立20周年記念誌『元気印の20年』が発刊されたのが1995年でした(図1)。それから25年後の2020年、富山支部は設立45周年を迎えました。さらに遅れること4年が経過し、支部機関紙『ゆるゐ』200号の節目にようやく45年を振り返る特集が完成しました(図2、表1)。内容は1996年〜2020年までの支部年表と写真資料が中心となります。
 富山支部は、全国設立の5年後(1975年)に設立しました。2020年、全国50周年の動きもあり支部幹事会で「45周年の年表」が議題となりました。「50周年でもいいのでは?」との意見も出ましたが、提案者の今村彰宏氏から「それまで生きていないよ!」と寂しくも切実な反論があり、幹事会が主体で作成に取り掛かりました。しかし、思いのほか資料が集まらず難航しました。時期は新型コロナウイルス流行と重なり、リモートで協議を重ねるも、全国の50周年企画が軒並み中止・延期となり、次第に支部45周年もトーンダウンしていきました。これほど対面でのコミュニケーションが大切だと、身に染みて感じられたことはありませんでした。
 それから時が経ち2022年、支部活動の場である山荘「利賀ゆるゐの舎(いえ)」の譲渡が決定し、加え機関紙『ゆるゐ』の編集体制の見直しも決定したことで明らかに支部活動は縮退しました。この2つの活動に象徴される「ゆるゐ」とは、富山県の利賀村地方の言葉で「いろり(囲炉裏)」を意味します。いろりに仲間が集い、にぎやかに語らう場がイメージされ富山支部らしさを象徴しています。その維持が難しくなっていることは支部のアイデンティティを削がれていることに等しい実情を物語っています。
 このような縮退傾向からの打開策を求め、建築運動の歴史を紐解くと、1920年に「分離派建築会」が東京帝大出身の若者を中心に発足します。これが日本で初めての「建築運動」として位置づけられてから、新建(建築運動)は100年目の節目でもありました。その後1923年の関東大震災を受けて「創宇社建築会」が発足し、戦争を経て1947年「NAU」から1970年の「新建」へと建築運動の系譜が続きます。
 いずれも社会情勢の大きな断絶や変革期に建築運動は起こってきました。そう考えると、新型コロナウイルスの流行や令和6年能登半島地震を経験して新建(建築運動)はどのように進化するのか、富山・北陸の地でどのように発展するのか、といった前向きな考え方もできるかもしれません。今回の年表作成で確認できたことは、今は小さく身近な活動でも、地道に継続することで、将来大きな活動につながると「希望」が見通せたことだと思います。
 『元気印の20年』を見直すと、寺井清氏(富山支部代表幹事)の冒頭のメッセージが活動を振り返ることの「意味」を教えてくれます。「人間の記憶は長くて十年くらいしかもちません。十年間ぐらいの活動を整理整頓して、足跡を確かめ、その進むべき方向をもう一度確かめる必要あります。……「これでよいか、どうか」と自分に問わなければなりません。活動はややもすると、一人よがりに陥ることが大いにあります。……」
 人間的な建築行為において記憶すること、そして反省することの意味を今一度確認しておく必要があります。創立20年からバトンを受け、50周年を目前とした今、次の世代にどのように継承していけるのか、新建富山支部は大きな課題と向き合っています。   (新建富山支部・西一生)

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