建築とまちづくり2021年7・8月号(NO.509)

建築とまちづくり誌

<目次>

<主張> 理想の未来像を豊かに描こう

 50周年のさまざまな取り組みで、今後の新建が一層楽しみになってきました。未来像の話題がふつふつと出てきたのもその楽しみのひとつです。
 「バックキャスティングでビジョンをしっかり掲げて進めば、方向を誤ることがない」という福岡支部の大坪さんの文章や、「未来の町に迷い込んだ男を主人公にして、理想の暮らしを垣間見る」と言う、愛知支部の古田さんの小説などを読むとわくわくしてきます。
 「未来像を描くこと」はこれからの新建の大事な仕事になるに違いないと私は考えています。その理由は、新建で取り組んでいるあれこれの活動内容を総合し、「社会とのつながりの中で」総括すれば、未来像の骨格がしっかりと掴めてくるし、新建が一貫して追求してきた住民主体の建築とまちづくりこそが、豊かな未来を築く住民の力を育てることだと言う確信になるからです。未来像を描き合うことで、新建活動を一層豊かな楽しいものにしたいと考えています。
 そこでここでは、その未来像を描くきっかけのひとつとして、未来社会の骨格とイメージを文章で提起してみます。いま私の考える未来像には大事な押さえどころが3つあって、イメージの内容はそれぞれに重なって関連しています。

 ◇まず、これまでのさまざまな「支配社会」の仕組みを根底から断ち切って、「支え合う社会」になっていることです。
1 すべての人の生命と個性が社会的に尊重され、誰もが自分の望む生き方ができるように悩みや喜びも分かち合い、支え合っている。
2 富を独占する支配の仕組みがなくなり、生産の目的がまともになり、働き方が楽になって、自由な時間に自分の好みの活動ができ、その自由が芸術・文化を豊かに開花させる。
3 「財力」や「権威」の価値がなくなり、変わって、「やさしさ」と「誠実さ」が人を評価する大事な価値基準になっている。
4 世界中の国民がさまざまな手段で理解し合い、他国への支配も戦争もなく、自国の独裁者も軍隊も核兵器も不要にしている。

 ◇また、「自然と暮らしと文化」とを大切に守り、発展させる世の中になっていることです。
1 人間による自然破壊を徹底してなくし、災害を抑え、持続可能な暮らし方で自然と共存している。
2 緑豊かな風土に馴染むまちなみと、木の家づくりが復活し、農業や林業、漁業や牧畜を身近に感じる、心身ともに健康な生活ができる。
3 無責任な大量生産、大量消費の仕組みはなくし、地域で育まれたものづくり文化や地産地消の生業を豊かに発展させている。
4 原子力や石油や石炭などをやめて、その土地に見合った自然エネルギーを活用している。

 ◇そして「住民の住民による住民のため」の世の中を実現していることです。
1 住民が世の中の矛盾に気付き、意識と生き方を変え、権利を自覚し、実行力を高めて作ってきた未来社会では、「真の民主主義」と「真の要求の実現」が根付いている。
2 各地の住民とさまざまな専門家と公務員と政治家とが住民主導で連帯・共同して、その地域住民の望むその地域にふさわしい豊かな生活環境を作ってきている。
3 より大きな計画は各地の自治体住民の意志を重視した合意でゆっくりと作られる。
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 実際に文章にしてみると、予想以上に難しいものだと実感しました。みなさんもこれを機に、何かの形で未来像を描いてみませんか。

山本厚生・建築家/新建全国代表幹事

<特集> 生活空間を自分のものにするDIY

 自分の住まい方や家族の暮らしに相応しい、快適な生活空間をいかにつくるのかは、すべての人の課題であり切実な要求でもあります。つくり手とともに住まい方、暮らし方を話し合い、諸条件を満たした我が家をつくり上げることが可能な人は残念ながら少なく、借りるあるいは完成した住宅を購入する場合がほとんどです。その中で、住み手が自らの手で生活空間をつくるDIYに注目してみると、それが与えられた空間であっても、住み手自身の想像と創造によって、自らに相応しい住まいを実現する有効な手段のひとつとなり得ます。
 住宅は「量より質」の時代になって、供給者側としては、間取りの自由度を高めたり、タイプ数を増やしたりといった工夫はあるが、結局のところ、そこに住まう住民自身が参加することの方が、住まいの満足度向上につながります。近年、国土交通省は、DIY型賃貸借の活用に向けての指針(ガイドライン)やガイドブック『DIY型賃貸借のすすめ』を出し、DIY型賃貸借に関する契約書式の例を公開し、民間賃貸住宅の流通を促そうとしています。そうした社会的な共通認識の後押しもあります。
 ホームセンターが誕生し、DIYという単語が日本で使われるようになって約半世紀。さまざまな材料や道具も開発が進み、住まいだけにとどまらない試みが実践されてきています。さらに昨年からのコロナ禍によりいっそう、快適な生活空間への希求も高まり、今後も広まっていくでしょう。DIYの可能性、住まいづくりへの要求実現、ストック再生・活用、さらにまちづくりの視点を、専門家の役割を含めて考えてみます。

特集担当編集委員/桜井郁子・大槻博司

<ひろば> 京都支部- 新シリーズ ”まち歩き”
                               「岡崎エリア散策編」

   まち歩き当日の6月19日はあいにくの雨でしたが、本降りにはならなかったので、集合場所の蹴上駅から傘をさしつつ、第一目的地の「京セラ美術館」へ移動しました。参加してくださったのは全部で8名。蹴上から坂を下りながら進み、蹴上発電所の横を通りましたが、時間の都合もあり、柵の外から古いレンガづくりの旧発電所を眺めました。さらに道を進み、無鄰菴西隣に竣工したヒューリックホテルの外観を確認しました。敷地北側の疏水沿いから眺めましたが、濃いグレイの建物は長大感が強く、景観に対する影響がとても大きいことを肌で感じました。
 京セラ美術館では彫刻家の貴志カスケさんと合流し、美術館改修の経緯をうかがいました。彫刻は美術の先攻隊である。多くは外部に置かれ、嫌でも目に存在が飛び込んでくる、人が目にし易く触れやすい存在であることがその所以。本来は建築と彫刻は一体であり、建築を計画する時点で一体的にデザインされるべきである。しかし、日本では彫刻と建築の親和性が薄いと感じる。と仰っていました。改修のために美術館の敷地にランドマークのように建っていた冨樫実さん作の「空<くう>にかける階段」という彫刻作品について話してくださいましたが、改修にともない彫刻が切断された経緯には大きな疑問を感じました。切断については作者の了解も得られておらず、合理的な理由もないことに大変憤りを感じました。
 すり鉢状のスロープを経て内部に入りましたが、スロープに設置された手すりは連続しておらず、足の悪い方はとても降りづらく、エレベーターも一般の動線からは離れており使いづらそうです。地下に位置するエントランスは、大雨の際排水できるよう、エントランスのさらに地下に設けたポンプで排水する計画ですが、今日のゲリラ豪雨に対応できるのかはわかりません。京都では美術館の運営は文化観光課の管轄となっている。他都市では教育委員会が管轄することが多く、芸術を観光資源と考えている状況が芸術軽視であるとも仰っていました。
 次に第二の目的地であるロームシアターに移動しました。京都労演事務局の土屋安見さんにうかがいました。土屋さんは劇団の運営に関わっていらっしゃるため、会場の手配、機器の搬出入、公演当日の楽屋と舞台の行き来など運営者・利用者としての視点を持っていらっしゃいます。改修をしてサウスホールは外部空間だったピロティーがカーテンウォールで内部に取り込まれましたが、音が館内に反響する様になってしまった。男子トイレの場所が分かりづらく、ホール入口の二重ドアの間のスペースからアクセスするためわかりにくい。一部の車椅子用座席は楽屋を経由しないとアクセスできない。地下の楽屋からは舞台上手にしか上がれない。など、動線の問題がかなり多いようです。演者のみなさんも、舞台袖の動線が複雑であることで、とても疲れるとのこと。また2階以上のバルコニー席は機材の配置によっては舞台が見えず、着座すると目の高さに落下防止の手すりがあって鑑賞できない。メインホールでも楽屋動線の分かりづらさは有名とのことで、楽屋から舞台に細かく矢印を書いた貼り紙をするほどです。   
   改修したことで使い辛くなっているとしたら悲しいことですが、利用料金も以前より高くなってしまったとのこと。芸術は市民にとってより身近で親しみやすい存在であってほしいと願いますが、京都市の芸術施設の整備・運営方針は一体誰のためなのかという疑問が沸々と湧いてきました。今回のまち歩きは設計者としても大変学びが多い企画となりました。       

                                                                                                 京都支部・大森 直紀

美術館内で目にした気になるところ。1)ガチャガチャ、2)記念撮影ポイント、3)柱に巻いた電飾に文字などが表示される仕掛け・・・

1)”教養施設”の水族館でさえ10台以上のガチャガチャが置かれているということですから、2-3台ならばカワイイもの、なんでしょう。ミュージアムショップ内ではなく、中庭に置かれているのも気になります。堂々と「小金稼いでいます」って表に出したらいいのに。やましさがあるのかな。

2)こちらも中庭に置かれています。背景が緑色なので、たぶんバーチャル背景が用意されているのだと思われます。観光地の顔出しパネルみたいなものですね。くだらないとは思うけど、並んでまで写真を撮ろうとしている人もあるのですね。近づくのも面倒だったけど、どんな背景があるのかだけでも見てくればよかったかな。

3)個人的には、こういうチラチラと動くものが苦手です。気持ち悪い。三半規管が弱すぎですかね。デザイン料・設置費用・維持費用・・・こんなところにお金を掛けるくらいなら、富樫さんの彫刻をぶった切るようなことしなくてもいいのに、と強く思います。 京都支部・桜井郁子

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