建築とまちづくり2026年7/8月号(NO.565)

目次

<目次>

特集
住まいは人権
②「困難な問題を抱える」女性を支える「すまい」の在処

川原恵子
「困難な問題を抱える女性」と公的支援のかたち

阪東美智子
「施設」で女性を支える
――女性自立支援施設の現状と建築的課題

正井禮子
インタビュー:「困難な問題を抱える女性」を支える「住まい」の実践

内田絵梨
排斥された先にある「居場所」と「住まい」
――ひつじカフェ・ひつじハウスから考える若年女性支援の現在地

インタビュー:婦人保護施設から女性自立支援施設へ
――対人援助の課題と変遷

林 葉子
性的「困難」を乗り越えるための住まい
――ジェンダー史の視点から

野々上玲音
コラム:フェンスの向こうの住まい
――吉田寮から考える「住まいは人権」

連載
地形から都市をみる(1)
東京のでこぼこ
久保 純子

社会派 聖地巡礼(18)
イングランド国教会の総本山カンタベリー
中林 浩

主張
横に向かって繋がろう!
垂水 英司

新建のひろば
東京支部――東京支部サロン「新建・みんなの知恵袋」
千葉支部――建築・街並み探訪「柏の葉キャンパス駅周辺」
大阪支部――中之島を緑の島に~未来へのおくりもの
京都支部――京都駅周辺まち歩き

書棚から
まちは言葉でできている

建築とまちづくりセミナーin 埼玉

<主張> 横に向かって繋がろう!

垂水英司  兵庫県建築士会顧問/全国代表幹事

 長い間日本を支えてきた「縦につながる仕組み」、これから必要なのは「横につながる仕組み」だと思う。以下、これについて自分史を踏まえながらコメントを書いてみた。
 私は1963年京都大学建築学科を卒業し、神戸市役所で働くことになった。大学時代はほとんど授業に出ない学生で、絵をかいたり、安保デモに参加したり、悪友たちとパチンコに行くといった「風来坊」としてモラトリアムな時期を過ごした。一方世の中は、戦後期の混乱を抜け出して、確実に高度成長の入り口に立とうとしていた。こんな学生でも就職に困る事はなく、神戸市に難なく職を得た。当時の神戸市役所はまだ人気の職場でもなかった。「まぁ、なんとなく」のつもりが、結局退職まで40年近く働くことになったのである。
 1961年、誰もがご存知の坂本九ちゃんの「上を向いて歩こう」が大ヒットした。今も時代転換を象徴する国民的楽曲として知られている。歌っている坂本九(1941生)は私と同年代だが、作詞の永六輔(1933)や作曲の中村八大(1931生)は7〜8歳年上である。歌詞を見ても、高度成長に向かうというより、その前の「モラトリアム」な状況に悩む心情がうたわれる。
 さらに1963年、この歌はなぜか「SUKIYAKI」となってアメリカのヒット・チャートで第1位を獲得、さらに全世界のヒットソングとして空前の記録になった。1963年といえば私が神戸市に入庁した年、高度成長するアジアの敗戦国に対する新奇な関心が背景にあったと想像できる。
 私が現職として働いた40年間は、まさに「右肩上がりの時代」であった。特に前半の20年間は、日本中が都市開発や列島改造に沸き立った。その原動力として中央から地方を上下に結ぶ「縦割の建設マシーン」が、日本の隅々にまで構築された。しかも、道路、港湾、鉄道、都市整備、あるいは住宅とそれぞれの事業ごとに細分され、国を頂点に地方公共団体の担当部局が密接に繋がり、そして民間企業が連なっていく強力な縦型のシステムであった。それらは自民党政治と合体して、大きな財源が事業ごとに中央に集められ、それが政治システムを介して地方に環流していく。まさに縦につながってこそ物事が進んでいったのである。こうした列島開発が様々な問題を生み、それを推進した縦割りシステムに多くの弊害があったのだが、一方でリアルな生きた情報交換の場として機能した一面も忘れることはできない。
 地方自治体は競って開発の恩恵をえようと動いた。特に宮崎市政となった神戸市は「公共デベロッパー」と称されるほどに神戸市自らが主導する形で、多くの開発事業を推進していった。開発利益を市民福祉に活用する手法は商売上手と称され、「神戸市株式会社」とまで呼ばれた。もちろんこれらの開発推進に伴う環境破壊や公害に対する反対の声も強かった。これに対して宮崎市政は人間環境都市宣言、市民参加、消費者行政、開発指導要綱、下水道整備など市民生活に関する施策や条例を次々と打ち出した。右手で開発、左手で市民行政。神戸市政の都市経営は全国的に注目を浴び、学生の就職先としての人気もウナギのぼりに上昇したのである。
 さて、私が働いた40年間は右肩上がりといったが、明らかな転換点があった。それは1981年である。サッチャー、レーガン、中曽根が次々と登場、経済は自由主義に舵を切った。まちづくりは東京一極中心へ、そして民活や規制緩和が合言葉になり、もはや地方は関心の対象でなくなったかのような変化であった。神戸市は、民間活力を取り込みながら開発事業を引き続き進めていったが、前期の活力ある神戸市政とはかなり様変わりし、かつての「輝き」は薄れていったとの印象を持っている。
 一方、市民のニーズは成長鈍化を反映し、高齢化などが進む中、個別ニーズの多様化が急速に進展した。また、公共が担いきれないニーズに対し、市民の間で公的役割を担うボランティア、NPOなどへの関心が高まり始めた。一言でいえば、「横に連携する社会システム」の必要性である。しかし、そうした転換が十分進展しないまま、金融バブル及びその崩壊を経て、1995年「阪神・淡路大震災」に遭遇することになる。
 それからすでに30年以上が経過した。それでも「横への連携」はさほど進展していると思えない。縦割りの桎梏の根強さを痛感させられる。今後の時代の変化は、誰にとっても予測不能だが、横につなぐ課題は避けて通れないだろう。
 今年12月に、「SUKIYAKI 上を向いて歩こう」という映画が一般公開される。時代転換を象徴する国民的楽曲をもう一度聞き直してみるのもいいかもしれない。
 「上を向いて歩こう」から「横に向かって繋がろう」へ。もっと広く、もっと深く、もっと多様に繋がりたいものだ、と私は思っている。

<特集> 住まいは人権 ②「困難な問題を抱える」女性を支える「すまい」の在処

 2026年の年間特集「住まいは人権」では、様々な場面での「住む」と「住まい」に関する課題の発掘とそこに内在するであろう「問い」について考えて行こうとしています。今号はその第2回目として、「女性」とくに貧困と困難を抱える女性を対象に、その「住まい」を含めての支援のかたちを通じて、「住むこと」「住むを保障すること」について考えようと企画しました。2024年、「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」が成立し、現在の日本社会が抱える課題の可視化と支援体制の基礎自治体の役割などが示されましたが、実際の女性支援の現場からは、社会的排除に対する支援活動の秘匿強化とともに、支援を担うべき「公」や「共」の認識不足が強く言われています。そうした現実の中でも、公的な自立支援施設や民間の居住支援、さらにはまちなかでの居場所支援など、さまざまな支援主体が「そこに居て良い」場所を通じて「住まいは人権」を実践的に担っています。そして、そうした実践を踏まえつつ、多くの「学」的知が公的政策・制度の不足や矛盾を捉えつつ、過去や現在、さらにこれからを見通す知見に取り組んでいます。そうした実践と知見を語っていただきました。
 女性支援の現場は今、かなり強く秘匿性を求められています。DV(ドメスティック・バイオレンス)の被害者が子どもを連れて、あるいは着の身着のままで逃れてくる避難所という性格を担っていることだけでなく、家父長制的なジェンダー・バイアス、夫婦と親子に対する近代家族規範、自己責任論といった「残された」社会規範がより強く否定的な視線と言説そして行動をともなって当事者に、支援者に直接影響してきています。しかし、多くの実践の現場では、そうしたバイアス(偏見)を乗り越えて「居ても良い」場所を生み出しています。
 「住む」を回復する現場と知から、「住むこと」についてのより普遍的な「問い」を一緒に探りたいと思います。
担当編集委員/大崎 元

<ひろば> 東京支部―東京支部サロン「新建・みんなの知恵袋」

 東京支部企画部ではこれまで年に一回、実践報告会を開催してまいりました。当日は10件ほどの発表者が集い土曜を一日かけて発表しておりました。ただコロナ禍の影響もありここ数年は開催されていませんでした。そこで今年度から再開するにあたり、これまで一日かけて10件ほどの発表をしていただく形式から、東京支部サロンとして参加者が自由に発言し報告できる場として、毎月一回曜日を決めて1~2件の発表をしてもらう形式に変えてみました。会場は新しく移転した新建事務所とすることで安定して行えるようになり、日程も基本的には第三金曜日19:00からと定期的に行うことにしてみました。参加方法はリアルとZoomで行うことにし、参加申し込みをしてもらうことにしています。発表者はその時々に要請して決めています。これまで3回行いましたので、ここで開催した各回の概要を追ってみます。(敬称略)
第一回 4/17 参加者:6名 
発表者1:柳澤泰博(槐建築設計事務所)
 「型式適合認定住宅のリフォームはどこまで可能か?」というテーマで、某住宅メーカーのリフォームがどこまで可能なのかを問う実務的問題提起でした。住宅リフォームでの確認申請がどこから必要になるのか、確認申請対象にならずにどこまでできるのか、型式適合認定建物は構造規定において当該メーカー以外には手を付けられない問題などが話合われました。
発表者2:伊藤寛明(ハイプロジェクト)
 「仮想(理想)プロジェクトや設計コンペのあり方」というテーマで、実務的な仕事を離れて、純粋なテーマを設定し、仮想プロジェクトやコンペを自由な発想の下に考えてみようという提案でした。
第二回 5/15 参加者:7名+4名(Web)
発表者:佐伯和彦(象地域設計)
 「現代保育園設計事情」というテーマで、現在取り組んでいる新築保育園の設計を取り巻く様々な事情(社会情勢の影響を受ける工事予算の立て方の難しさ、確認期間の長期化、補助金を巡る地方行政との攻防など)の報告がありました。 
第三回 6/19 参加者:7名+3名(Web)
発表者:杉山昇(都市住宅とまちづくり研究会)
 「高齢単身女性が安心して暮らせるチェリーコモン報告」というテーマで、その施設内容と運営形態や入居条件などの報告がありました。なお、この事業は現在進行中で入居者募集中です。
 第四回は7月17日の第三金曜日に発表者:木村美千代(象地域設計)で予定されており、テーマは「低コスト工法を使った旧耐震木造住宅の耐震改修事例」です。「新建・みんなの知恵袋」が引き続き行われ、会員同士の交流の場となり、様々な問題の共有と解決につながればと思います。Webでの参加もできますので、全国からの会員参加を期待しています。実際これまでにも他支部からもWeb参加者されています。皆さんもぜひご参加ください。(東京支部・柳澤泰博)

<ひろば> 千葉支部―建築・街並み探訪「柏の葉キャンパス駅周辺」 

 5月2日つくばエクスプレス(TX)の「柏の葉キャンパス駅」周辺を4人で訪ねました。これまで歴史ある地域を散策して来ましたが今回は新しい街です。
 東京の秋葉原駅と茨城県のつくば駅を結ぶつくばエクスプレスは2005年に開業しました。千葉県内では隣の流山おおたかの森駅と共に住みやすい街として人気があります。2000年から千葉県が事業主体となり整備が行われ、2008年に千葉県、柏市、東京大学、千葉大学の4者で「柏の葉国際キャンパスタウン構想」が策定され、「環境共生都市」「健康長寿都市」「新産業創造都市」の3本柱と、8つの目標(環境と共生する田園都市づくり、創造的な産業空間の醸成、国際的な学術・教育・文化空間の形成、サスティナブルな移動交通システム、健康を育む柏の葉スタイルの創出、公・民・学連携によるエリアマネジメントの実施、質の高い都市空間のデザイン、イノベーション・フィールド都市)、27の方針が体系化され、それらを統括するUDCK(柏の葉アーバンデザインセンター)が柏市、柏商工会議所、田中地域ふるさと協議会、柏の葉地域ふるさと協議会、三井不動産株式会社、首都圏新都市鉄道株式会社、東京大学、千葉大学の8構成団体で運営されています。地域内には東京大学柏キャンパスや千葉大学環境健康フィールド科学センター、国立がん研究センター東病院などが集積しており、研究開発都市としての存在感が高まりつつあります。また、近年はライフサイエンスや医療、宇宙関連研究などの分野で連携が広がっているようです。
 当日は連休初日の土曜日ということもあって集合場所の駅は混雑しており、何かの団体の見学会なども開催されるようで多くの人が動いていました。
 駅から5分程にある柏の葉アクアテラスに寄りました。大規模開発に付きものの調整池を人が出入りできるよう2016年に改修され、池に張り出したデッキや段状の斜面などが設けられ、様々なイベントが開催され多くの人が集まるようです。土木学会デザイン賞やグッドデザイン賞を受賞しています。
 池に接して蔦屋書店などの商業施設や駐車場のT-SITEがあり賑わっていました。反対側にはつくばから移転したSMC(株)Japan(圧縮空気を動力源として自動化を行う空気圧制御機器のトップメーカー)のビルがあり、近未来的な風景を醸し出しています。そこから北側数分にあるこんぶくろ池自然公園に寄りました。18.5haの広大な森に囲まれた場所で、中にあるこんぶくろ池と弁天池は手賀沼の現存する自然水源の一つです。NPOこんぶくろ池自然森が柏市から管理業務を委託され活動しています。好天の中、涼しい森にホッとしました。国立がん研究センター東病院や柏の葉公園を横目に見ながら駅に向かい、軽く飲んで解散しました。(千葉支部・中安博司)

<ひろば> 大阪支部―中之島を緑の島に~未来へのおくりもの

 新建大阪支部は、五月三日から五日の三日間、「第五十三回中之島まつり」において、「中之島を緑の島に〜未来へのおくりもの」をテーマに、通算五回目の展示会を開催しました。中之島にある大阪市中央公会堂などの近代建築物の保存運動を契機に始まった中之島まつりは、コロナ禍の二年間を除き、1973年から今日まで毎年五月連休中に開催されている市民手作りによる全国でも有数のまつりです。
 中之島エリアは、この数十年の間に「東洋陶磁美術館カフェ増築」や「私鉄地下駅入口」「こども本の森中之島」「レストラン」等の建設に加え、護岸工事、歩道の拡幅、植栽部分の減少等により、元来豊かであった緑が激減しました。展示会では、二色(黄色と青色のプラダン)のパネルに、大阪市中央公会堂や大阪府立中之島図書館、取り壊された旧大阪市役所の写真、中之島再開発計画、中之島を守る会等の写真、緑の減少が一目でわかる航空写真のほか、中之島内の舗装部分やベンチ、樹木の下、日があたる芝生と日陰の芝生など約二十カ所の地表温度を測定した結果と、大阪府の過去五十年間の平均気温の変化を示すグラフ、平均気温が一・六度も増加しているデータも展示しました。また今回は、枚方市駅前で進められている大規模開発や市民活動に関するパネルも併せて展示しました。
 展示会ブースでは、中之島の保存運動の歴史や緑の実態等についてより理解を深めてもらうために「中之島博士ちゃん検定クイズ」を実施。若い参加者は図書館や公会堂、日銀大阪支店の建物と場所を特定するクイズに「難しい」と苦笑い、「歴史的な建物が残って良かった」、「道路の表面温度と芝生の木陰との温度差に驚いた」「昔はもっと緑が多かった」等の感想が寄せられました。
 また今年のワークショップコーナーは、堺市等の地域で活動しているメンバーとコラボで開催しました。まつりの前半は「手作り石鹸・coeurアロマクラフト」。形や色とりどりの石鹸ピースに香水をつけ、型にはめてしばらく置いて固めると、宝石のような出来上がりになります。後半は「手作り楽器・ホッカホッカ」。昔の写真フィルムケースに小さい穴をあけて紐を付け、振りまわすと音の出る楽器で、フィルムケースにマーカーで彩色して出来上がりです。これらのワークショップでは、まつりの期間中約百名もの参加があり大賑わいでした。
 ところで、新建大阪支部では今秋11月14日(土)に「(仮称)日本銀行大阪支店の保存問題の舞台裏」講演会と日銀大阪支店見学会(別日程)を準備中です。講師は、主として中之島等に残る近代建築物に関して、保存運動の視点から学術的研究を進めておられる強谷幸平氏(東京大学総括プロジェクト機構・特任助教)です。来年の中之島まつりでは、これまで埋もれていた70年代当時の貴重な資料や運動の記録等も併せて展示できればと考えています。
(大阪支部・中西晃)

<ひろば> 京都支部―京都駅周辺まち歩き

 5月30日に行われた「京都駅周辺まち歩き」は総勢30人の参加と賑わいを見せました。まず、京都駅ビルに登り高さ55m付近から北を見渡し、実際に60mビル群がどのくらいのボリュームになるのかを確認しました。京都駅ビルが現在60mであることもあり、京都駅ビルが見事に埋もれる計画に驚きました。これが経済発展のために必要な行為なのかと、考えさせられます。 そこから京都市立芸術大学へと足を運び、小山田学長が提案する「崇仁緑の回廊・100年の森プロジェクト」を学長に代わって清原が解説しました。
 その後 柳原銀行にまちづくり模型を見に訪れます。片方先生が京大にいた1989年当時、学生と作ったものだということで、その時の模型製作の経緯や崇仁の様子に思いを馳せました。
 そのまま崇仁のまち歩きに出ます。これから解体される11階建ての改良住宅を横目に、空き地がフェンスに囲まれた状態のままのまちを歩きます。何十年も前に京都市に買い占められたまま、放置されたまちはこの先どういった改変がされるのか、だれにも見えません。(京都支部・清原正人)
 京都中央郵便局の建替え問題に端を発し、駅前エリアに関する有識者会議の答申(どう読んでも駅前地域の再開発万歳、駅前に並ぶビルの高層化建替え推進としか読み取れない答申)など、行政として京都駅前を開発させようとしていることがこれらの動きから伝わってきます。 問題なのは、市民がその意思決定に関わっていないこと。また、将来を見据えた開発などではなく、容積率を上げる理由としては、東海道新幹線沿線の大都市と比較し、オフィス床が足りていないことなどを挙げています。有識者会議で京都のまち並みや景観等が深く議論された形跡がなく、このような意思決定が市民不在でいとも簡単に行われることに危機感を抱いています。今こそこの動きに注視をし、今度こそ官製まちこわしをとめよう!(京都支部・大森直紀)

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