建築とまちづくり2023年10月号(NO.534)

目次

<目次>

特集
新建活動年報2021―2023
新建の社会的役割
藤本 昌也
《インタビュー》
建築設計者、そして新建の社会的役割は何か

山本 厚生
平和を守るために、私たちが今できること

藤吉 勝弘
岐阜市民会館の保存および今後の活用について

大森 直紀
京都支部会員の取り組み
――京都市「上質宿泊施設誘致制度」による官製まち壊しについて

大槻 博司
まちづくり市民運動における新建の役割
――枚方市駅前のまちづくり運動の事例から

磯田 節子
八代市厚生会館問題のこれまで・今・これから

新建活動の記録(2021年10月~2023年9月)

連載
「居住福祉」の諸相〈9〉
バルセロナのスーパーブロック
岡本 祥浩

構造の楽しみ〈6〉
耐震偽装事件とマスコミ報道
松島 洋介

私のまちの隠れた名建築〈20〉
根津 はん亭
東京都文京区根津
本間 充一

主張
少子高齢化時代の住宅の現実を考える――小説『リスペクト』を題材に
久永 雅敏

オンライン講座新建ゼミ
「私たち建築人に何ができるのか!」
豊かな生活空間づくりに向けて
第2回「住まいとまちと」
髙田 桂子

研究会だより
新建マンションサポート研究会の報告
千代崎 一夫

新建のひろば
千葉支部――2023仕事を語る会
北海道支部――「ニセコ交流会」
33回大会期第5回全国幹事会報告

<主張> 少子高齢化時代の住宅の現実を考える――小説『リスペクト』を題材に


久永雅敏 もえぎ設計顧問/新建全国常幹

 とうとう空き家が約850万戸と言われる時代になりました。全住宅の13%にあたります(総務省「住宅・土地統計調査」)。ところが、新設住宅着工戸数は2021年度を除き、100万戸の大台をキープしています。空き家がふえるはずです。どうしてこんなことが起きるのか。住宅に困っている人たちもまた大勢おられるというのに。日本の住宅の需給バランスの異常さにびっくりするとともに、国の無策にうんざりします。新築住宅を優遇するスクラップ・アンド・ビルドの政策はもうやめなければならいと思います。政府は住宅困窮者のためということで「住宅セーフティネット」制度を2017年にスタートしました。しかしこの制度による空き家の登録住宅(空き家の改修や家賃補助を行う)は空き家対策としてはあまりにも少なすぎて唖然とします。これも日本の住宅事情の異常さを表しているのではないでしょうか。セーフティネットの役割を担うべき公営住宅もしかりです。老朽化の放置や空き家の増加、入居希望者がたくさんおられるのに入れない現実など、まともに手を打っているとは思えません。
 とくに、公営住宅の現状は日本だけではないようです。最近、ブレイディみかこさんの『リスペクト』(筑摩書房)という本に出合いました。小説なので詳しい紹介はしませんが、公営住宅の手本と言われたイギリスのロンドンで実際に起こったできごとをモデルにしています。ロンドンオリンピックの2年後に、オリンピック用地だったロンドン東部にあるホームレス・シェルターを追いだされたシングルマザーの人たちが公営住宅占拠運動をおこします。オリンピック後の再開発に抗する運動です。彼女たちの住む下町のジェントリフィケーション(都市において、低所得者の人たちが住んでいた地域が再開発され、住宅価格や家賃の高騰で、もともと住んでいた人たちが追いだされる「都市の高級化・富裕層化」)への抵抗で、反緊縮運動でもありました。新自由主義に基づき自己責任を基本とする住宅政策の典型的な事例だと思います。若いシングルマザーの人たちやそれを支援するかつての活動家の思いや運動が、実に生き生きと描かれています。私が下手な文章で紹介するよりも、小説の一部を引用しながら住宅をめぐる厳しい現実とそこに住む人たちの「何とかしなければ」という切実な思いを伝えたいと思います。
 テレビ番組『チャンネル6・イブニング・ニュース』でこの運動が取り上げられます。政府の住宅政策についてどう思うかという質問に対して公営住宅占拠運動の主人公の一人はこう答えます。「解決策は、もっと公営住宅を建てることでしょう。そして、いまある公営住宅地を売却せず、空き家だらけにしてロンドンをゴーストタウンにせず、空いている住宅には若者たちを住まわせることです。高額所得の専門職の人たちだけで回って行く都市なんてあるわけがない。看護師や保育士やゴミの回収職員や郵便配達員や、低賃金で働いている人たちがいないと地域社会は回って行きません。地域社会のために働いている住民が自分の所得で借りられる家を提供するのは政治の仕事です」。いささか先鋭的すぎると思えるセリフかもしれませんが、格差社会のなかで働いている人たちの共感を呼ぶことでしょう。
 もう一つの主張がこの小説にはあるように思えます。この運動に参加しているある活動家の腕に「パン」と「薔薇」のタトゥーが施されています。住む場所を示す「パン」と豊かで美しく住むことを示す「薔薇」、まるで人間としての住まいを切実に求めているこの運動を象徴しているかのような、「住まいとは」という問いに目を見開かされるエピソードに私には思えました。
 住まいとはどうあるべきか。それぞれの条件に応じて住み続けることのできる住まい。それだけではなく、豊かで美しい住まい。このような住まいを求めて私たちも住宅問題と取り組まなければと、つくづく思います。とかく陥りがちな専門家の「上から目線」ではなく、住み手のほんとうの要求に根差した運動、そして住み手とともにつくる運動を。

<特集> 新建活動年報2021―2023 新建の社会的役割

「建築とまちづくりを社会とのつながりの中でとらえよう」。新建憲章の第1項目に書かれているこの一文は大きく共感をするものの、日常の取り組みの中で意識するのはなかなか難しいことです。
 しかし、この2年間の建築とまちづくりを取り巻く状況は非常に憂慮すべき状況で、自分自身の仕事と暮らしが社会と深く関わっていることを感じざるを得ませんでした。
 2022年ロシアのウクライナ侵攻は食料やエネルギー、物流へ大きな影響を与えただけでなく、原発や核施設を取り巻く状況も一気に悪化させました。戦争と平和の意味と実相を私たちは突きつけられました。
 気候危機は私たちの想像を超える速さで進んでいます。今年の世界気温は統計上最高になりました。40度を超える日が続く地域が多数あり、世界中で山火事が起こりました。しかし、専門家は推計通りとしています。私たちは気候危機をまだ正確に認識できてないと言った方がいいようです。
 日本の建築とまちづくりも世界とつながっていました。コロナによる物流や生産力の低下、人手不足、建設資材の高騰で建設の現場では大きな影響が出ています。
 一方、日本各地で企業利益優先の開発やカジノ・博覧会・オリンピック誘致計画が推し進められてきました。開発できる適地が少ないと見れば、開発に開発を重ねる計画を作り、神宮外苑などの公園や植物園などのグリーンインフラにも広げてきました。目先の利益を優先させ都市の緑を壊していくことは、気候危機に直面している世界から見ると理解し難い行為に映っているでしょう。こうした動きに対して日本各地で青空と森を守ろうと市民が立ち上り、新建会員も専門家として役割を果たしてきました。壊して建てる建築まちづくりから改修・修繕しながら持続する建築まちづくりへ。小さい単位でまちとコミュニティを再生・循環させる建築とまちづくりへ転換すべき時です。
 本特集では、地域で起きている課題に真摯に取り組んできた新建活動を紹介し、建築とまちづくりの専門家としての社会的役割を再確認したいと思います。

担当編集委員/高田桂子、永井 幸

<ひろば> 千葉支部――2023仕事を語る会

7月8日(土)、9日(日)の両日、4年ぶりにリアルで集まる「仕事を語る会」を館山の古民家「ゴンジロウ」で開催しました。ゴンジロウは2011年から岡部さんが学生や近隣住民を巻き込みながら手当てをしている茅葺の古民家で、2014年から会場として使わせていただいています。支部から鈴木、泉、深野、加瀬澤、金澤、中安の6名、岡部さん夫婦、学生さん3名、途中からご近所の赤ちゃん連れの若夫婦や館山の精神科医の飛び入り参加があり、15名のバラエティに富む顔ぶれとなり、岡部さんが地域になじみ付き合いが広がっていることを実感しました。
 学生さんにもそれぞれの研究内容を報告してもらいました。その中にまだ未完成でしたが、空き家問題をどう解決するかをゲームをしながら考えようとの面白い報告がありました。我々には思いもつかない方法で刺激を受けました。
 参加した会員の報告です。金澤さんはご家族が関係する土地・建物活用の検討経過についてで、地域の活性化や空き家対策などにもつながる興味深い話でした。泉氏は千葉県生涯大学校で講義した「住んでいい街・訪ねていい街づくり」のタイトルで金山町や石見銀山などの具体例を提示しながら、良い家づくりや街づくりを説明しました。加瀬澤氏は町場の設計屋がどんなふうに仕事して生きているか東大の学生に伝えるという観点から、「町場の設計事務所の仕事」を題として保育園の設計と2件の住宅改修について苦労話を交えながら報告しました。鈴木氏は地域活動で行っている「防災対策について〜避難所を中心に」について、地域での地震などの被害予測や日常からできる防災対策、避難所の役割と運営などを説明しました。中安は勤務時に担当した住まいで育った娘さんからの設計相談をきっかけにこれまでの考え方を再点検し、これからの方針を固めることができた旨を報告しました。
 終了後、精神科医の女性は懇親会にも参加していただき、賑やかに過ごせました。その後は鈴木、加瀬澤、中安の3名で深野さん紹介のカラオケスナックに突入し、遅くまで楽しみました。
 久しぶりに顔を合わせながらにぎやかに過ごすことができ、リアルで集まる良さを再認識しました。9月初旬コロナが広がっている状況ですが対策を取りながら、また集まりたいです。 (千葉支部・中安博司)

<ひろば> 北海道支部――「ニセコ交流会」

今年の8月26日、北海道支部ではニセコ町で宿泊をともなう交流会を開催しました。コロナ禍で2年ほど延期しての開催であり、会員とその家族計9名が参加しました。会場は支部会員の斉藤さんが所有する宿泊施設、FORESTRY INN(フォレストリー イン)を活用。樹木に囲われた心地良い環境に建つ面白い建物であり、さまざまな食材を持ち寄り、差し入れを頂き、連日の猛暑からも解放され、宿泊施設のテラスに張ったテントでバーベキューを楽しみました。
 「あの木にツリーハウスを造って天空回廊を廻そう」などと自由過ぎる会話が実に楽しい。歌や踊りがなかったのは高齢化のせい?否。それは皆が本当に「話しをしたかった」から。皆で「線香花火をいかに長く保つか」を競うなどして、最終的には3時を廻っていたとか。(笑)

直接会う事の素晴らしさ
 実感したのは〝実際に会って話ができるのが一番〞ということでした。建築や仕事のことはもちろん、趣味や関心事、社会の情勢や問題、物事の考え方や日々の生活など、思う存分話ができました。信頼する〝気心の知れた仲間〞の笑顔に囲まれる喜びは格別です。特に新建は「建築を通して社会に貢献すべく働きかける(建築運動)人々」、言わば〝同じ方向〞を向く人々の集まりです。とは言え、数学のベクトルのように厳密に〝向き〞が一致することはなく、むしろ仕事や経験、物事の見方や考え方は多様です。〝同じ思い〞を持つ〝多様な人々〞の集まりだからこそ、面白い会話・対話・議論が生まれます。
 私達は皆で集まれないコロナ禍にZoomというコミュニケーション手段を獲得し、遠隔地に居る人の参加を容易にし、新たな活動のスタイルを生み出しました。今後も大いに実施すべきですが、やはり可能な限り直接会って会話・対話をしたい。コミュニケーションの基本は「自己開示」と「受容(受け止め)」による「相互理解」。会話からニュアンスが伝わり、そこに新たな〝問いかけ〞や〝アイディア〞が生じ、対話・議論が生まれる。やはり本当に大事なことはできるだけ直接会って議論したいものです。

家族参加がお勧め
 私はこれまで色々な人々の活動の輪に飛び込み、特に国際交流や地域防災、建築(士会→新建)活動には積極的に参加し、多くの素晴らしい人々との出会いを経験してきました。この経験を「独り占めせず家族にも」と思い、私は積極的に出会った人々の前に家族を連れ出してきました。そのうち、妻は「専門性を持って社会参加をする人々」に触発され、働きながら大学を卒業して社会福祉士の資格を取得。以後、私は妻の専門的な知見に随分助けられています。5歳になる娘についてはすでに札幌や福岡の新建全国セミナーを経験しています。娘にはぜひ、「人の輪に飛び込む度胸」を身に付け、「多様な人(考え)に触れる楽しさ」を知り、「積極的に社会参加する姿勢」を学んで欲しいと思っています。
 新建は共に建築運動をする私自慢の活動仲間です。対話を深め、仲間を増やし、活動を拡げていくために、これからも有意義で楽しい交流企画を創出していきたいと思います。 (北海道支部・石原隆行)

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