260413-14 熊本地震から10年 視察報告 

 熊本地震は、2016年4月14日と16日に震度7の地震が相次いで発生したことが大きな特徴で、特に2度目の本震により被害が拡大しました。活断層(布田川断層帯・日奈久断層帯)の活動により、益城町を中心に甚大な被害が生じ、多くの住宅が倒壊・損壊したほか、熊本城の石垣崩落や宇土市庁舎の倒壊など、歴史的建造物やRC建築にも大きな影響が及びました。また、阿蘇大橋の崩落や大規模な地盤変動など、広域的な被害が発生した災害でもありました。
 新建災害復興支援会議では、2016年5月に現地に行き、7月には仮設住宅での「炊き出し何でも相談会」に参加、新建主催でブロック会議を開き(36名参加)、地元の支援団体の方や議員さんと被害の状況や今後の支援などについて意見交換をしました。
 地震発生から10年の節目にあたり、2026年4月13日(月)ー14日(火)で現地視察に行ってきました。視察では、益城町の復興街区や住宅被害のあった地区をはじめ、熊本市内の商店街や都市部の復興状況、熊本城の復旧の様子を見て回りました。また、水前寺ではコーポラティブハウス計画について建て主の方からお話を伺いました。
 2日目は、熊本市内の展示を見学した後、阿蘇大橋地区の震災遺構や阿蘇神社の復旧状況を確認し、震災ミュージアムでは断層の露出など当時の被害の様子を学びました。最後に益城町の復興まちづくりセンターも訪問しました。
                       山下千佳(復興支援会議事務局次長/東京支部)

目次

■1日目(4月13日)天候:曇り

① 益城町中心部(益城町役場周辺)

益城町は熊本地震で震度7を2回観測した地域で、大きな被害を受けました。現在は、道路の拡幅(県道の4車線化)や区画整理が進められました。役場周辺をはじめ、まちは様変わりしていました。

② 益城住宅被害地区(田中団地)

この地域では、古い耐震基準の木造住宅が多く被害を受けました。車で走った県道熊本高森線は、かつての被害の大きさを想像させないほど整備が進み、4車線化された道路がまっすぐに伸びています。広がった道路空間と新しく整えられた街区を見ながら走る中で、復興が「目に見えるかたち」で進んでいることを実感しました。かつての生活の痕跡が見えにくく、閑散とした側面もありました。町内には災害公営住宅が671戸・19団地整備され、地域ごとに分散配置されている点が特徴とのことでした。コミュニティの再生を意識した住環境づくりが進めらたそうです。暮らしの様子が見えなかったので、コミュニティや生業がどのようになっているのかは、知りたかったです。

③ 健軍地区(商店街周辺)

 健軍商店街では、地震により店舗の被害や営業の停滞がありました。その後、店舗の建て替えや改修が進んでいました。大きく倒壊したスーパーは新しく「マルショク」になっていました。

④ 熊本市(熊本駅周辺)・水前寺

⑤ 「new町家プロジェクト(水前寺五丁目プロジェクト)」

丸谷博男さん(東京支部代表幹事)をリーダーとして進めているコーポラティブハウスの計画地を見学し、丸谷さんから説明を聞きました。「交流スペースは広めに」「1階はカフェ店舗」「購入は無理でも安価で参加したい人のため、複数人でシェアして暮らせる1戸をつくる」など、また屋上を緑化して運動や災害避難の場所にしたり、冷暖房費を抑える工法を取り入れたりしたいとのこと。住民が主体となって住宅をつくる方法であり、住まい方やコミュニティを大切にする取り組みです。災害後の新しい住まいの形として興味深い事例でした。
夕食に施主さんもいらして、いろいろとお話をうかがいました。

⑥ 熊本城

13日はライトアップされた熊本城を見ることができました。石垣や天守の復旧は現在も続いており、完全な復旧には長い時間がかかることが分かります。特に石垣の修復は丁寧に行われており、文化財を守ることの重要さを感じました。
2021年3月に天守閣全体の復旧が完了し、2032年に宇土櫓(うとやぐら)や本丸御殿の復旧完了予定。石垣も含めて完全復旧(全工事完了)は、2052年度とのことです。見に行けることが目標です。

■2日目(4月14日)天候:曇りのち雨

⑦ 熊本博物館(熊本地震10年展)

地震の被害や復興の様子が分かりやすく展示されていました。当時の状況だけでなく、その後の取り組みも紹介されており、防災について考える良い機会となりました。
常設展示も迫力がありました。

⑧ 西区 Kハイツ

Kハイツ、第2Kハイツ、第3Kハイツと3棟あり、Kハイツはピロティなど耐震補強・改修、第2Kハイツは取り壊して駐車場に、第3Kハイツは被害が大きくなかったので補修がしてありました。

⑨ 阿蘇大橋地区震災遺構

地震によって橋が崩落した現場が保存されています。大規模な土砂崩れの跡がそのまま残されており、地震の大きさを実感できる場所でした。
熊本県の熊本駅から大分駅までを結ぶ。阿蘇山麓を横断する内陸ルートとして知られ、肥後(熊本)と豊後(大分)を結ぶことから名づけられた「豊肥本線」が通りました。

⑩ 阿蘇神社

被害を受けた楼門が復旧されていました。長い時間をかけて元の姿に戻されたことが分かります。

⑪ 熊本地震震災ミュージアム(KIOKU)

旧東海大学阿蘇キャンパスを活用した施設で、断層の様子などがそのまま残されています。実際の被害を目で見て学ぶことができ、地震の怖さと備えの重要性を改めて感じました。

⑫ 益城町 復興まちづくりセンター にじいろ

地域の人々が集まる交流の場として活用されている施設です。復興に関する情報発信や相談対応なども行われており、まちづくりを支える拠点となっています。

■食事

13日ー昼食 「日本料理おく村」熊本市中央区

熊本地震の前に建て替え、無事に生業を継続している、新町の料亭おく村!震災時は避難所として、活躍されました。今も地域から愛されています。まだ若い頃、全力で取り組んだ建物です。1999年竣工!でした。(丸谷博男Facebook)

14日ー昼食「馬方そば屋」阿蘇市永草

豊肥本線が横に走る道路沿いにある隠れ家のようなお店で、レトロな店内はとても素敵でした。熊本県産のそば粉で十割蕎麦というこだわり、食後の自家製コーヒーも美味しかったです。

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