建築とまちづくり2021年4月号(NO.506)

建築とまちづくり誌

<目次>茨城の住まいとまちづくり

首都圏にある茨城は大都市東京の後背地として、食糧供給地、人口の受け入れ地域としての役割を担ってきた。県南つくばを中心に住宅地開発が進行している。そうしたなかで町並み保存、住民を中心にした良好な住宅地開発、山の木を活かした住まいづくりが県内各地で取り組まれている。一方で、原発や重工業を早くから受け入れてきた茨城のまちづくりの転換期にもなっている。茨城の住まいとまちづくりを多角的に探る。

《座談会》茨城を語る──木の住まいとまちづくり
安藤 邦廣 大崎 勝也 西野 由希子

中山間地域における自然を活かした暮らしと地域課題との向き合い方
松原 功

茨城県の歴史的町並みの新たな展開
──真壁・結城・太田・石岡・八郷 藤川 昌樹

茨城県営〈六番池団地〉誕生の経緯と展開
──今こそ“低層集合”の本質を問い直そう 藤本 昌也

「緑・住・農」一体型住宅地の誕生の経緯とその後の展開
──つくば市中根・金田台地区 済藤 哲仁

東海第二原発の再稼働問題とまちづくり 阿部 功志

大学との連携による常陸大宮市の「森を活かしたまちづくり」
西野 由希子

3・11からの被災地復興 乾 康代

廃炉時代の東海村の現在と今後を考える 乾 康代

まちづくり鹿嶋株式会社と鹿嶋のまちづくり 済藤 哲仁

◆新建のひろば
福岡支部──仕事を語る会「川内俊彦建築を語る」

◆連載
《建築の保存とは何か 4 》赤レンガの熊本地方裁判所保存運動_1974年
磯田 節子
《日本酒蔵紀行 10 》南魚沼市塩沢 赤澤 輝彦
《都市の緑 4 》緑をもつ覚悟 大原 紀子
「建築とまちづくり」アーカイブス

<主張>科学技術の適性を見極め、脱成長経済を目指す

永井幸     永井空間設計/全国常任幹事

    第32回全国研究集会がオンラインで始まりました。オンラインの気軽さもあり、活発な分科会が開催されています。私も「環境とデザイン」をはじめ、いくつかの分科会に参加しています。「環境とデザイン」分科会へのこれまでの参加申込者が60名を超え、今「環境」分野への関心がいかに高いかを実感しています。毎年記録を更新するような風水害や熱波、山火事などが「地球温暖化による気候変動」によるものと言われています。2050年までにCO2排出をゼロとする目標を日本政府もようやく宣言したところです。私たちも建築技術者としてまた一人の生活者として、環境を守るためになにを目指して、どう行動をしていくかを真剣に考えていく必要性を感じます。新建でも研究集会や支部内において、このことをおおいに議論して、新建の進む方向性を確認したいと思います。
 私達先進国の国民は、たかだか100年あまりの間に、地球が何億年もかけて蓄積してきた化石燃料資源のおよそ2/3を消費しつくしました。このまま資源を消費し続ければ70年もたたないうちに、すべての化石燃料が枯渇してしまいます。その急速な資源消費が大量のCO2と姿を変え、特に発展途上国での深刻な災害を引き起こしています。日本国民も大勢が含まれるであろう世界の富裕層トップ10%が世界のCO2排出の約半分を占めていると言います。日本は豊かな森林を抱えながら世界第2位の木材輸入国であり、また世界第2位のプラスチック消費国です。ちなみに世界でのプラスチック消費の16%がなんと建築関連資材(新建材)で、日本の住宅寿命30年というサイクルで新建材の多くが埋め立てられています。今更ですが、昨今の日本の建築産業が環境悪化にこれほど加担している事実を、これまであまり実感してきませんでした。
 私は45年も前に中学校の社会科で南北問題を習いましたが、南北格差はなくなるどころかひどくなる一方です。経済格差は、今や先進諸国の中でも広がっています。日本では年間自殺者が2万人近くに上り、日本の幸福度は世界第62位だそうです。日本は平和で、発展途上国への援助もしてきて、諸外国から愛される国だと思っていましたが、今や世界の資源を食いつぶしながら、放射能廃棄物やプラスチックごみの処分を世界に押し付けているのが現状です。
 ところで私は映画をよく観ますが、監視社会を描く映画「1984」「ブレードランナー」、AIの理想の彼女に本気で恋をする中年男性を描く「her」、空飛ぶ自動車がひしめく「フィフスエレメント」など、ぞっとする社会が舞台の近未来映画が多いです。平和でのどかな近未来映画をあまり知りません。一方現実の世界では、トヨタの未来実験都市、空飛ぶ自動車の開発やインターネットによるセキュリティタウン、時速600㎞でトンネルを走るリニア新幹線、コロナ禍にもかかわらず着々と進む再開発タウン。これらは私たちが展望してきた社会でしょうか。このままだと科学技術の発達により、大量のCO2を固化封印し、放射能廃棄物のように地下深くに埋めてしまうか、宇宙に捨てるなどと本気でやってしまう社会になるのではと恐ろしくなります。50年後の世界がどうなるのか、まったく予想がつきません。残念ながら平和で幸せな未来は予想できないのです。
 科学技術はこれからも進歩を続け、世界の人々を幸せにしてくれるでしょうか。毎年のように新しい技術が開発され、エネルギー効率も向上しているにもかかわらず、CO2排出量が増えるばかりなのはなぜでしょう。パソコンやインターネットが発達し、仕事の効率も格段に上がっているのに、労働時間は短くならず、賃金も下がり、若い人たちは子どもを産み育てる余裕もありません。コロナ禍が少し収まれば、また「GoToトラベル」などで消費回復、景気回復だけに目を向けるでしょう。コロナ禍による経済停滞への対策でSDGsなど吹っ飛んでしまった感じです。私はむしろ地球環境を救うためには、先進諸国の消費を抑え、脱成長経済としていかなければいけないと感じています。
 またこの先、AIがもっと発達すれば、設計士やコンサルタントは消滅してしまう業種とも聞きます。私たち建築技術者がエッセンシャルワーカーであり続けるためにも、これからの若い技術者に展望が持てるような未来を描いていきたいと思います。

<特集>茨城の住まいとまちづくり

    茨城は、首都圏にあるものの認知度はそれほど高くないのが現実です。水戸や日立、つくば、鹿島神宮など点で認識している人が多いのではないでしょうか。
 しかし、スーパーに行けば、茨城の農産物が多品種出回っているのを目にします。東京に住む我が家では産直で毎週届けられる野菜や米は茨城県南東部にある鹿行(ろっこう)地域で育てられたもので、もう30年近くお世話になっています。
 1970年代筑波研究学園都市ができ、2005年に東京・秋葉原とつくばを直結するつくばエクスプレスが開業すると沿線開発が急速に進み、ここ十数年の沿線地域、県南に位置するつくば市、つくばみらい市、守谷市の人口増加は20%前後と高くなっています。
 首都圏にある茨城は大都市東京と太くつながり、首都圏への食糧供給地、人口の受け入れ地域としての役割をもっていることがわかります。
 今号ではそうした茨城での住まいとまちづくりにフォーカスしたいと考えました。特別編集委員には代表幹事の乾康代さんになっていただきました。乾さんは茨城大学へ赴任するために20年前に茨城に初めて来られて、退職された後も住み続けられています。
 今回取材していくと、古代には常陸国府(ひたちのこくふ)が置かれた豊かな地域であり、近世・近代でも豊かな物資を交易する中で生まれた町並みが存在することが分かりました。県域の7割が平地であり住宅敷地面積が日本一広く、居住環境が非常に良い地域でもあります。筑波山から県北の八溝(やみぞ)山地では中山間地が存在し、木を活かしたまちづくりが大学の教育も含めて取り組まれ、スギを活かした板倉建築が実践されています。
 筑波研究学園都市には国や民間の研究機関が多く存在し、先端技術の研究や開発が身近に存在することは茨城の潜在的な力を高めているようです。過去には公営住宅の新しいスタイルを生み出した「六番池団地シリーズ」の取り組みがあり、新しい考え方を迎え入れる進取の気風が感じられます。
 一方、日本で初めて原発を誘致した東海村、重工業で発展してきた日立や鹿島は転換の時期にあり、新しいまちづくりが大きな課題です。利根川や鬼怒川、小貝川などの一級河川があり水害も多く、地震も多い地域で、乗り越えるべき課題は多くありそうです。
 今号を通して茨城を面として感じてもらえることを期待します。各人の地域との共通点が感じられ、現在、私たちが直面している住まいとまちづくりの課題とあるべき姿が見えてくると思います。

特別編集委員/乾 康代      担当編集委員/高田桂子

<ひろば>福岡支部――仕事を語る会「川内俊彦 建築を語る」

    福岡支部は2月21日に50回目の誕生日を迎えました。51年目に入った支部最初の企画として、2月26日(金)、50年前に新建福岡を立ち上げた中の一人、川内俊彦さんによる仕事を語る会を行いました。語る会は今年度3回目となり、今回もリアルとZoomのハイブリットでした。参加者はリアルで8名、Web参加が5名でした。
 講師の川内さんは、現在79歳、まだまだ現役です。長く保育園の設計を手掛けてこられました。今回のテーマは「次代を子どもに託す 保育園」です。
 福岡市近郊の町にできたある保育園のはなし。開設者や園長さん、そして地元の人を巻き込みながら、土地探しから行い、多くの人の協力により誕生しました。当初3000坪、60人定員でスタートし、4年後には6500坪、定員120名まで増員できました。敷地は採砂場跡の原野で、荒れた雑木の山は親たちの手も加わって、またとない子どものあそびの舞台となりました。空き地は畑となり、その作物に加え、給食では地域の農家・漁師とも食の連携が生まれました。また、園児の祖父母・地域の高齢者による「ジージバーバの会」が作られ、畑づくり、園庭の整備、水場づくり、大工工事、まつりの舞台づくりなど、地域の高齢者の活動の場が広がり、「物づくりの工夫、人とのつきあいかた、生活の知恵を子・孫の代へ伝承する場面が、園の〝舞台〞で観られるように」なり、開園して8年目には地域の高齢者もすっかり顔見知りになって町のコミュニティの一角に根を下ろしている存在となったそうです。保育所が迷惑施設とされ、一方で待機児を解消するには数さえつくればよいといった政策に目を奪われているときにも、子どもたちが大声で駆け回る声が聞こえてきそうな保育所の存在は希望が持てるものでした。
 川内さんは語ります。「待機児童問題を解消し、子育てを支援するため、「経営」を民営化し市場にまかせる。チェーン店もOK!そのためには、最低基準をとっぱらうこともやむを得ぬ……。こういった言い分には、未来を託す子どもたちへの期待、子育て論、幼児教育論の視点は欠落している」今回紹介していただいた5カ所の保育園は、まちの中に造られたものであっても遊具や運動場よりも、森や山や川が造られており、子どもたちが自然の中で育つような工夫が行われています。「植栽は実がなるものが良い」「あそびの庭、外のひろばを持てる小学校位の広さがあってよい」。
 このような川内語録は、実は46年前の「新建」第9号(1974年10月)に寄稿された「実行委員会方式による幼児施設づくり」という文章に原点があるようです。川内さんには、この文章に書いた思いを持ち続けながらの仕事について語っていただきました。ただ慣れないWebでの語る会で、終了後には想いが十分に伝わらなかったのではないかと悔いが残ったようです。

福岡支部・片井克美

 

 
 

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