<目次>
歪んだ法・制度で壊される地域・まち・文化
環境破壊は高度成長とともに進行したが、成長の翳りとともに環境保全のための最低限の規制をも取り払い、それは激化の一途を辿っている。文字どおり国土の荒廃がすすみ、人々の生活を直接的に脅かしている。強引な民活、民営化は公共サービスを利潤追求の手段に差し出したが、利益を生まない仕事は放置されたために貴重な文化が破壊された。国民生活、地球環境よりも一部の者の利益に与する歪んだ法・制度がもたらす破壊の現状を列挙し、この悪しき流れの転換を探る端緒としたい。
特集
歪んだ法・制度で壊される地域・まち・文化
都市・建築にかかわる事件簿 中林 浩
住宅の真下にトンネルはいらない!
──陥没、空洞で明るみに出た大深度地下法の違憲性 丸山 重威
リニア新幹線・山梨での環境破壊その後 安藤 周春
コラム:再生可能エネルギーの推進を阻害するメガソーラー 森田 浩輔
川崎市市民ミュージアム訴訟と指定管理者制度 星野 文紀
大阪経済の過去と現状──カジノ万博の行く末 桜田 照雄
住民無視の「核のゴミ処分場」選定の文献調査
──北海道寿都町・神恵内村の「応募」問題で起きていること 小田 清
コラム:美術館は誰のものか
──宮城県美術館移転問題を考える県民運動 高橋 直子
◆新建のひろば
京都支部──遠くの会員リレートーク
第32回大会期第8回、9回全国常任幹事会報告
◆連載
《建築の保存とは何か 2 》水害による被災の特徴と対応 磯田 節子
《日本酒蔵紀行 8 》高岡郡佐川町 赤澤 輝彦
《都市の緑 2 》植物は生き物です 大原 紀子
「建築とまちづくり」アーカイブス
<主張>変わる世界 新建の役割
鎌田一夫 住まいの研究所/全国常任幹事
新建の設立50周年は、人類史に残るパンデミックの中で迎えました。これをどう受け止めたらいいのか。歴史的にパンデミックは社会変化の節目に重なるといわれます。奇しくも、その渦中で設立50周年を迎えた新建は活動の展望を世界の変化の中で見出していくことになった訳です。
いまだに収束が見えない中で軽々にポストコロナは語れませんが、在宅勤務やオンライン会議など、いままでにない日常を経験して、その先には社会の変革を予感できます。そして、その変革は思いもよらない方向ではなく、すでに始まっている変動における、さまざまな試みや画策が争った結果になると考えられます。誰かが変えていくのです。とすれば、ポスト50年の新建活動はポストコロナにどう対応するかではなく、ポストコロナ世界をいかにつくり上げるかが問われることになります。
私たちは50年を振り返って、地域に根付いた分厚い実践の蓄積を確認しました。と同時に実践を建築運動に高めていく課題も見えてきました。第一は、蓄積した技法や手法を、社会的で普遍性のある方法に研ぎ澄ましていくこと。第二は、新建の枠を超えて同じ目的や志を持つ専門家や市民とネットワークを築くこと。第三には、誰もが安定して建築まちづくりができるように、土台となるスキーム(法制度やしくみ)を整えることです。
いずれも難しい課題です。特に三番目は。無理をせずにアソシエーション的団体でいいではないかという意見にも一理あります。十分に話し合うべきです。そのための手掛かりとして、昨年の本誌記念特集からいくつか意見を引き出してみました(以下、[六月37]とは6月号37頁からの引用です)。
普遍化とはマニュアル化ではありません。住み手との対応から設計者は新たな認識を学び、それを基に住み手に応えていく進化を意味します。小野誠一さんは「(事情を抱えた住み手の)身を守るための『普通への同化』や『無難な選択』という呪縛からどう解き放つか……自己実現をスムーズに引き出すためには、多様化に寛容な日常社会を実現する認識が必要だ」といいます。[七月19]
ネットワークについて、藤吉勝弘さんは「伝統構法の団体は多くあり、講演会などには多くの建築関係者、学生が参加します。(運動を継続するには)研究者・設計者・施工者・職人が地道に展望を持って仕事(啓蒙)をしていくことです」と[二月12]。オンライン主体の研究集会が、より開かれたネットワークづくりの契機になると多くの会員が期待しています。
スキームについての議論はまったく不足していますが、集合住宅に関して藤本昌也さんは「スケルトン賃貸・利用権分譲、躯体は組合や法人が持って中の空間の利用権は売買しうるといった考えもあった。日本のコーポラティブの展開と残され課題を明らかにして欲しい」と語っています[十二月27]。
そして、課題を実現するための長い道程で迷わないための方策を大坪克也さんは紹介しています。「バックキャスティング思考は将来実現されるべき『理想』を起点とする。その都度の判断においても常に遠くの理想(ビジョンとして具体的に掲げられている)を見つめる。よって目標を見失うことがない」[十二月31]。
新建には憲章がありますが、これを「具体的な言葉として、リアルな風景として共有できないものか」と大坪さんは提起しています。
最後に、実践に戻りましょう。川本真澄さんは「振り返ってみて、大切なのは描かれた軌跡だと感じた。展望を語るとするなら、現場の声を聞け、現場とともに夢を描け、ということではないかと思う」と言っています[三月27]。
現場に込めた思いが伝わってきますが、現場は市場の対象物ととらえることができます。人と人とが直接向き合う現場は、見込みや思惑で動く市場とは違った世界です。現場で描く夢には過剰生産はありません。過剰にものが溢れた現状を見ると、現場が市場にとって代わる日はそう遠くないかもしれません。
可能性を秘めた時代がやってきます。秋の大会まで腰をすえて話し合い、新建が担うべき改革を見出しましょう。
<特集>歪んだ法・制度で壊される地域・まち・文化
高度成長期の荒々しい環境破壊は、今も形を変えて進行している。市民の運動などでようやく獲得された環境保全のための最低限の規制さえも守られていない。PFIや指定管理者制度、農地や公園での収益事業促進、公共交通民営化、水道事業の民営化、大規模開発などによるまちの破壊、暮らしや文化の破壊が続き、人々の生活をおびやかしているのだ。「利潤最大化のための規制緩和」「特区という名の無法地帯」「効率化という名の公共サービス産業化」「観光立国に名を借りた開発促進」等々、一部の民間事業者に利潤追求させるために、地域や暮らしを「私物化」させている。
本誌ではこれまでも民活・規制緩和施策を批判し、2018年7/8月号「大規模な都市再開発が抱える危険」で市川隆夫氏が東京臨海部開発における民間活用問題を取り上げ、2017年9月号「地域づくりから『観光立国』を問う」で鳥畑与一氏がカジノというものの幻想とその危険性を指摘し、2016年3月号「特区構想による危険なまちづくり」で乾安一郎氏が奈良公園の歴史と文化に与える影響を報告してきた。また、公共サービスの産業化については2019年12月号「地方自治の危機と乗越える独自の取組み」で岡田知弘氏が、日本国憲法で定められた地方自治の本旨を逸脱するものと批判している。
本号では視点を逆にして、実際に起こった事故や不当な行政判断など「建築まちづくりの事件簿」を深読みしてみた。そこには、単なる過失ややむを得ない措置とは言えない歪んだ仕組みが具体的姿で見えてくる。私たちの暮らしや地域の安全と環境維持をないがしろにし、一部の者の利益を優先するような、歪んだ法・制度がもたらす破壊の実態を列挙し、この悪しき流れの転換を訴える。
担当編集委員/桜井郁子 大槻博司
<ひろば>京都支部――遠くの会員リレートーク
9月から「遠くの会員リレートーク」という連続企画を、Zoomを使って開いています。京都支部には沖縄県・山口県在住2人、兵庫県丹波篠山市に1人会員がおられますが、なかなか会える機会がありません。そこでこの頃使いこなせるようになってきたZoomを使って近況を語っていただくことにしました。
第1回は9月25日那覇市から琉球大学清水さんのトーク。首里城になぜ32軍司令部壕があるのかという疑問から話は始まり、戦争時沖縄が丸ごと軍施設として利用された歴史を、聞き取り調査や文献研究をもとに報告していただきました。1954年のハーグ条約によれば文化財と軍事目標になりやすい施設は妥当な距離になくてはならないのですが沖縄ではそうなっておらず、そのことも問題だという指摘がありました。また、地域の子どもたちや保護者と一緒に米軍基地に立ち入って、もともとそこが生活の場だった痕跡を見て歩く企画をされている話なども大変興味深くお聞きしました。アフタートークでもいろんな感想や質問が出されましたが、「辺野古のたたかいをどう見ているか」の問いに対して「沖縄の人は、もうブレないだろうと思う」と応えられた清水さんの言葉が印象的でした。
第2回は山口大学で住居学の先生をされている西尾さんのトーク。山口ではまちづくりへの市民参加に積極的に取り組まれており、その際、子どもたちの社会科の学習にもまちづくりが取り入れられているそうです。その際に、西尾さんたちが専門家としていろいろな取り組みをされているという紹介をいただきました。子どもたちが持っている大人にはない能力を引き出すために「マインクラフト」というゲームソフトを使っているとのこと。実際の様子を動画で見せていただきましたが、3DやCDを使ってあれよあれよとまちづくり案ができ上がっていく様子に、みんなビックリしました。頭の中がハテナだらけになりましたが、次世代を育てておられる姿に共感しました。
第3回は丹波篠山市の横山さんのトーク。丹波篠山市で最近起こっていることを中心にお話しいただきました。
景観まちづくり刷新支援事業の3年間の取り組みとして、対象となる道路を選定し石畳風の舗装をしたそうです。「大正ロマン館」という大正12年に建てられた旧町役場、現在観光拠点の周辺は堀繁東大名誉教授デザインによるゲシュタルト舗装が施され、保存だけではなく新しいデザインも取り入れているのがアピールポイントとのこと。
城下町の伝建地区で電線の地中埋設工事。電線の埋設はほぼできたが、予算の都合で電柱を抜く工事はまだ残っているとのこと。
古民家や商家を使って宿泊施設にする取り組みも継続している一方で、地域おこし協力隊で篠山に訪れた若い女性がオーナーとなって空き家を改修して民泊を経営するといった事例も生まれているとのこと。
愛想のない既存のバス停を魅力的にする取り組みが地元の高校生によって取り組まれて、バスを待つだけでなく人気の「しゃべる場」に生まれ変わっているそうです。
大芋(おくも)小学校跡地利用。2016年に閉校し廃校になった小学校が地域のまちづくり協議会運営の「泊まれる学校おくも村」という宿泊施設に生まれ変わって、運動場にテントを張ったりもできて、なかなかの人気スポットになっているそうです。跡地利用については、市はなにも口出しせず、地域住民の意向を優先します。改修費には補助金も付け、建物管理は行政が行い運営を任せる仕組みとのことで、京都市民からするとなんとも魅力的な話です。
いずれの回も他支部からも気軽に御参加いただいています。第4回は沖縄宮古島の伊志嶺さんを予定しています。
京都支部・川本真澄