建築とまちづくり2023年7・8月号(NO.532)

目次

<目次>

特集
地域特集・静岡
大地と水が作り出す地域文化

村田 雄剛
安倍川と人々
――静岡市街地の形成

福世 義己
南海トラフ地震(東海地震)への備え
――静岡県での地震防災対策について

早津 和之
防災先進県として木造住宅の倒壊ゼロを目指して、プロジェクト「TOUKAI―0」を展開

林 克
命の水と環境を壊すリニア新幹線

桜井 郁子
大井川と世界農業遺産「茶草場農法」

石川 茜
「足久保からお茶をつなげていく」
茶畑のある景色・暮らしを未来へ

連載
「居住福祉」の諸相〈7〉
高齢者の居住を支える木造民家
岡本 祥浩

構造の楽しみ〈4〉
構造の神も細部に宿る
松島 洋介

私のまちの隠れた名建築〈18〉
尾県郷土資料館
山梨県都留市
安藤 周春

主張
人生と都市
乾 康代

研究会だより
新建マンションサポート研究会 2022年取り組み2題
山下 千佳
子ども環境研究会第7回報告 ふくふくの会
目黒 悦子
環境と建築研究会第3回報告 福岡県の気候風土適応住宅
永井 幸

新建のひろば
福岡支部――第6回「仕事を語る会」
京都支部――4月の企画二題
大阪支部――中之島を緑の島に~「どうする中之島」「どうする都市公園」「どうする未来」提案展

<主張> 人生と都市

                        乾康代   元茨城大学教授/新建全国代表幹事

 ミア・ハンセン=ラブ監督の「それでも私は生きていく」(2022年)が公開中だ。第75回カンヌ国際映画祭、ヨーロッパ・シネマ・レーベル受賞作品。
 人は生まれて成長し、恋をして、家族をつくり、老い、別れる。人は自分を生きるが、恋人や家族とともにいくつもの人生も生きる。それが人生だ。
 主人公サンドラは、夫を亡くした後、通訳の仕事をしながら、パリのアパートで8歳の娘リンと暮らしている。老いた父は、近くのアパートに一人住まいだが、病を患って記憶も視力も衰えつつある。今も教え子から慕われる哲学教師だった最愛の父。父の部屋は壁一面を哲学書が埋めている。これらの書物は彼の人生そのものだ。しかし、忍び寄る老いと病が、父の確かに豊かだった人生を奪いつつある。サンドラは、母、姉とともに書物を処分して、父の大切な居場所から彼を引き剥がし施設に入れる辛い決断をする。
 他方で、サンドラは、町で、宇宙化学者で旧知のクレマンと偶然再会し、恋に落ちる。クレマンとの恋は、幸せで充実した日々を与えてくれるが、クレマンには妻と息子がいる。彼は、新しい恋を秘めたままにしていることに耐えられず、妻に告白してしまう。
 ラブ監督は、クレマンの二股の苦しみを後追いせず、夫に怒った妻を登場させもしない。ただ、サンドラの不安な心だけを深く描く。通訳の仕事中、クレマンから週末は会えないというメールを受け取って平静を失い、公園の池のボートの中では、向かい合うクレマンに「私といて幸せ?」と質問、彼の「すごく幸せさ」という答えを確認しないではいられない。
 終わろうとする父の人生と向き合い、その一方で、喜びと充実の絶頂にあるサンドラ。人生の山頂と谷底を見つめながら、物語の最後、サンドラは、娘のリン、クレマンと、パリの市街を一望するモンマルトルの丘に立つ。クレマンは、サンドラの背にそっと手を伸ばす。
 物語は、パリの街角で、父の教え子から「先生の娘さんですよね」と声をかけられる場面から始まり、モンマルトルの丘で終わった。
 サンドラを演じたレア・セドゥは、最新作007で演じたボンドガールとは打って変わって、ベリーショートにスッピン。彼女の人生は、見た目のような明るく軽やかなものではなく、辛くも重くもある。その飾り気のないスッピンさで、彼女の深い悲しみや喜びがてらうことなく描かれる。
 この映画は、ラブ監督自身の経験が下敷きだという。シングルマザーに、仕事、老親の介護、秘めた恋。サンドラは私だ!この映画を観て自分の人生を重ねた女性は多いのではないだろうか。私もその一人だ。大きな都市の中の小さな物語だけれど、確かな普遍性がある。
 舞台はパリの街中。サンドラの住まいはパリの小さなアパート。クレマンとのデートは美術館や公園、池、モンマルトルの丘である。きっと敢えてだろう、華やかな商業施設や大規模な建築は使われず、ここはパリだ、と誇示するような歴史的建造物も象徴的な場所も出てこない。それらが、背景に映されることもない。登場人物の身近な生活の場とその近景だけだ。
 遠景が使われたのはただ一カ所、ラストシーンで、モンマルトルの丘に立った二人がパリの市街地を望んだ時だ。しかし、二人が眼下に眺めるパリは、どこまでも広く望洋としている。人生は、先を見通せない、そしてこの先も続く。「それでも私は生きていく」。
 私は水戸に住んでいる。もし、私が映画監督で、日本のサンドラとクレマンを水戸で撮影するとすれば、水戸のどの空間や施設を使うだろうか。いろいろ考えてみる。都市は市民のもの、市民の生活の場だ。そんな人生と都市の映画をまた観たい。

<特集> 地域特集・静岡 大地と水が作り出す地域文化

『建まち』誌が一年に一度取り組む地域特集。今年は静岡支部がある静岡県です。静岡と聞くとどのようなイメージを持つでしょうか。温暖な住みやすいイメージでしょうか。
 イメージの一つに東西に長い県があるでしょう。東は熱海や富士山、南に伊豆半島。西は愛知に近い浜松まで。東西に細長い静岡県は、山梨や長野県境から流れ出す富士川や安倍川水系、南アルプスに端を発する大井川水系、長野伊那谷から愛知・静岡を潤す天竜川水系など豊富な水系を誇り、水系を串刺しにしながら日本の重要幹線である東海道が貫き、古代からそれぞれの地域で文化が育まれてきました。
 そうした歴史を持つ静岡ですが、最近の大きな関心事は南アルプスを突き抜けて開発されるリニア新幹線と南海トラフ地震への備えです。大断層が確認されている中でのリニア新幹線開発には静岡を潤してきた水系や地域の産業への影響が多いと予見され、南海トラフ地震によるリニア新幹線の危険性が指摘されています。
 東海地震の危険性が問われてから半世紀になりますが、建物の倒壊ゼロを目指して静岡では早くから防災の取り組みが行われてきました。全国に先駆けた制度の整備や新耐震前に建てられた建築物の耐震化が積極的に進められてきた県です。
 また、地域の工夫と努力のなかで茶の国として有名になった静岡。2013年には「茶草場農法」が世界農業遺産に登録されています。この農法を活かし、地域の生物多様性と茶文化を守っていきたいという取り組みが地道に進められています。
 県北部の急峻な大地と豊富な水系が生み出した静岡を貫くリニア新幹線による開発の課題、地震に備えてきた取り組み、茶文化の継承に努力する取り組みを本号では紹介し、これからの自然と人間の営みを展望します。

                                     特別編集担当:本多ゆかり
                                     編集担当:桜井郁子、高田桂子

<ひろば> 福岡支部――第6回「仕事を語る会」

 3月15日(水)19時~21時、福岡市高宮の「アミカス」研修室Bにて、福岡支部の3月例会として、支部会員による「仕事を語る会」が開かれました。参加者は、会場20名+Zoom3名(うち新入会員3名)でした。
 今回の語り手は、鳥居玲子氏(近江法律事務所)、吉田大輝氏(松坂法律事務所)ともに弁護士のお二人からのお話でした。 いつもの鳥居さんの流石の周到な準備と、吉田さんとの軽妙な掛け合いも大変お見事で、すばらしい勉強会となりました。弁護士さんについて知らないことだらけでした。
 個人的にも会社合併後6年目を迎え、取引先の状況も企業様が多くなってきたこともあり、設計契約などの件で悩むことも多くなった時期でしたので、とても良い契機でした。さっそく顧問弁護士契約のご相談を進めたいと思います。
 ぜひ第2弾も期待したい例会でした。   (福岡支部・鹿瀬島隆之)

 はじめて「仕事を語る会」に参加させていただきました。
 今回の講義では、鳥居先生と吉田先生のお二人による弁護士業についての話ということで、難しい内容のものになるかと思い、講義についていけるのかと不安でしたが、弁護士になるまでの過程や実務でのお話を多数交え、一連の仕事の流れを丁寧にわかりやすい形で説明していただき、興味を持って拝聴させていただきました。
 これまで弁護士の方との接点もなく、その仕事の内容について具体的にうかがったことはなかったので、大変勉強になりました。
 今後も社内だけでは知ることができない他業種の情報を得られる貴重な場である仕事を語る会に継続して参加したいと思います。  (福岡支部・古川史祥)

<ひろば> 京都支部――4月の企画二題

 4月8日(土)の午後、賀茂川沿いを歩く花見をしました。京都府植物園西側、半木〈なからぎ〉の道あたりからスタート。5人で歩きました。
 花見というには桜はだいぶ盛りを過ぎていましたが、枝垂れ桜が淡いピンクのトンネルになっていて、菜の花の黄、新緑の緑とのコントラストがとてもきれいでした。府立植物園に隣接して計画されているアリーナの予定地を見たり、番組の撮影でタレントが地蔵の姿でサックスを吹いているのを聞きながら休憩したり、ゆっくり歩いて春を満喫しました。日が傾いてきて、だんだんどこかに落ち着きたくなってきたころ、丸太町近くのソーセージ酒場Salumeriaに到着。自邸を建設中の方、計画中の方、それぞれのこだわりやアイデアで盛り上がりました。
 4月28日(金)夜、さくらコート(石原・川本宅)にて「気楽なタイ旅行報告会」が開かれました。机の上に並ぶタイ料理の主なものは、京大・神吉研究室に学ぶ三人の留学生(メインシェフPimwernピムベルンさん、サブシェフYupparedヨッパレッドさん、アシスタントSupachaiスパチャイさん)に作っていただきました。写真を見ながら、ビールを飲みながら、タイ料理をつまみながらの気軽さからか、18人が集まりました。 (京都支部・桜井郁子)

■タイ研修に行ったみなさんからの直接の報告会はとても臨場感があり、行ったことがない私も現地の様子をリアリティーを持って想像できました。住まいの話がとても興味深く、まちづくり事業に徹底して住民主体で取り組む現地のコンサルのあり方など、我が国のコンサル手法の悪い意味での定型化、硬直化を感じました。「共に学ぶこと」がまちづくりに効果的に働いており、その後の維持管理にも良い影響を与えていることが素晴らしい!
 美味しい料理をいただきながらそんなことを感じました。いつか「タイに行きタイ」! (大森直紀)

■「不法占拠」……、京都府のホームページでは紙屋川ダム上流の河川敷に暮らす人びとのことをこのように表現してきました。そのことが「多数のヘイトスピーチ、ヘイトクライムが生まれるきっかけになっている、ただちに削除を」との要望を受け、今年3月、京都府はこの広報を削除しました。
 今回のタイのまちづくりの報告の中でも、この「不法占拠」という言葉が何度も出てきましたが、正確には「さまざまな理由(貧困、差別など)でその地に居住せざるを得なかった人びとが、その地で長年生活を築いてきた状態」です。これを適切に表す言葉がないものか?
 本来苦手のはずのタイ料理を楽しみながら、そんな思いがよぎりました。  (吉田剛)

<ひろば> 大阪支部ー中之島を緑の島に~「どうする中之島」「どうする都市公園」「どうする未来」提案展

 大阪支部は、昨年に続いて、5月3日から5日にかけて開催された「中之島まつり」で、中之島を緑の島に〜「どうする中之島」「どうする都市公園」「どうする未来」をテーマにした展示ブースを出店しました。中之島まつりは今年で50回目を迎えますが、このまつりは当支部の運動の原点でもある「中之島の近代建築群の保存運動」を契機にして1973年から開催されているまつりです。支部の展示ブースは、二色(黄色と青色のプラダン)のパネルに、中央公会堂や府立図書館、取り壊された旧大阪市役所の写真、中之島再開発計画、中之島を守る会の活動写真、航空写真3枚、中央公会堂を背景に広がる芝生と人を描いた緑の島をイメージできる提案パースなどを展示しました。
 中之島エリアは、この数十年の間に「東洋陶磁美術館」や「地下鉄駅出入口」「護岸工事」「レストラン」などの建設により、それまで豊かであった緑が急速に減少していますので、これらの開発状況がわかるパネルも展示しました。
 昨年は工作ワークショップが繁盛しすぎて展示パネルをほとんど素通りされた反省から、今年は「中之島博士ちゃん検定」クイズを実施しました。このクイズは、建物の建設年や設計者、寄付金額、重文指定の有無、中之島まつりを始めた団体名、緑地の減少率などを問うものです。どの問も該当する展示パネルを探して解説文を読まないと正解できない難問ですが、3日間では約280名が挑戦しほとんど全問正解でした。親子連れが多かったので、全体では400名以上の参加があったと思います。
 正解者には先着30名までは図書券を配布。鉄平石のブローチに油性インクで自由に絵を描くワークショップも行いました。参加者からは「中之島の近代建築物が保存運動で残った歴史を初めて知った」「緑が大幅になくなり残念」「来年も展示してほしい」などの声が寄せられました。支部では、大阪市や中之島公会堂の関係者に対し、保存運動の歴史展示や芝生・植樹などの緑化について申入れを行う予定です。   (大阪支部・中西晃)

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