建築とまちづくり2026年1月号(NO.559)

目次

<目次>

特集
建築とまちづくりセミナーin仙台

新建築家技術者集団・宮城支部
建築とまちづくりセミナーin仙台 概要
東日本大震災から14年 能登半島地震から学ぶもの
東南海トラフ地震に備え語り継ぐ

講師 遠州尋美
報告 村岡正嗣
【講座1】東日本大震災復興から学ぶこと

講師 田澤紘子
報告 目黒悦子
【講座2】被災後の地域活動を支える地域コミュニティの経験知
――仙台市沿岸部の現地再建エリアの事例

講師 杉山 昇
報告 渋田あい子
【講座3】被災地からの集団移転による新しいまちづくりは――

講師 渡邊享子
報告 瀬尾真司
【講座4】空き家の活用による持続可能な復興

セミナーに参加して・被災地を巡って
――セミナー・視察感想

連載
失われた町、受け継がれる舎<いえ>(17)
「旧乾邸」の価値を識る
中尾 嘉孝

社会派 聖地巡礼(12)
フランスのようでドイツのようなリガ
中林 浩

主張
戦争を手繰り寄せない新建の取り組みを
乾 康代

新建築家技術者集団 第35回全国大会概要報告
新建第35回大会期全国役員

新建のひろば
「のこぎり屋根に魅せられて」写真展 スライド&トークショー「のこぎり屋根から見えるもの」
東京支部――住宅研究・交流集会 再開発と住まい、まちづくりを考える――タワマン再開発をめぐって
大阪支部――建築家伴現太さんの長屋リノベーション自邸見学会&忘年会

<主張> 戦争を手繰り寄せない新建の取り組みを

乾 康代  元茨城大学教授/新建全国代表幹事

 2026年を迎えました。戦後80年を振り返り、平和と安全を願う思いを述べたいと思います。
 1945年8月15日、日本は敗戦を迎えました。焦土と化した都市、外地からの膨大な数の復員と引揚者、圧倒的な食糧不足と420万戸の住宅不足を抱えて、戦後という新しい時代が始まりました。それからの80年は、奇跡の復興から高度経済成長へ、そしてバブル経済と成長が止まったままの「失われた30年」でした。日本は、経済的な繁栄を謳歌しましたが、まもなく停滞の時期に入っていきました。
 前世紀からの停滞が長引くなか、21世紀になって日本を「戦争ができる国」にする企てが加速しました。海外では、アメリカ同時多発テロ事件(2001年)、アフガニスタン紛争(2001年)、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年)、パレスチナ・イスラエル戦争(2023年)が起こり、経済の強国が、国際法や国際的道義を無視して、弱い国を武力攻撃することが平然と行われました。日本も、戦争法(*)を制定し、防衛費増額、西南諸島の軍備強化を進め、自ら「新しい戦前」を近づけているかのようです。
 ロシアのウクライナ侵攻で私がもっとも驚いたのは、ロシア軍がウクライナの原発を占領したことでした。ロシアは、侵略先の国の原発を戦略的施設として威嚇に利用したのです。イギリス現代史の木畑洋一さんは、これは戦争史の中で特筆されるべきことだと述べています。
 80年前、日本は平和主義を掲げました。そして、原子力開発は「原子力の平和利用」だとして、これを始めました。平和利用とは、東西冷戦が深まるなか加熱する軍拡競争から非核兵器保有国の関心をそらせるものとして原子力を平和利用に限って売るというものでした。最初の開発地となった茨城県では、地元紙が原子力を「人類生活を高める偉大な平和の武器」と意味を大きく曲げて宣伝し、東海村民は、原子力開発で「人びとの平和と幸福がもたらされる」と、さらに大きく曲解して原発を受け入れました。
 「平和」が国民に向けて語られる時、それはどんな情勢のもと、どんな目的で使われているのかよく疑う必要があります。戦争を仕掛ける時に「我が国の平和と安全を守るため」などと言われました。原子力開発でも、実に都合よく「平和」が利用されました。
 さて、平和利用であるはずの原発ですが、福島原発事故で災害に対する脆弱さが露呈しました。大破した原子炉建屋の姿を思い出してください。屋根と外壁がなく鉄骨だけという実に悲惨な状態です。建屋は鉄筋コンクリート造ですが、オペレーティングフロアと呼ばれる最上階は鉄骨造で、屋根と壁はパネルです。原子炉から漏れ出た水素が建屋内の酸素と混合して水素爆発が起こり、この爆発圧力で最上階の屋根と壁が落下したのです。さらに、鉄筋コンクリート造の下階でも床スラブが損傷し、壁が剥落しました。当然ですが、この構造と強度では、航空機の衝突やミサイル攻撃のような外からの攻撃にまったく耐えられません。さりとて、放射能で汚染された原子炉建屋の根本的な構造強化は不可能です。原発におけるこの本質的な構造的脆弱さが、原発を戦争の道具に手繰り寄せたと言えます。
 平和を築くことは実に困難な道です。私たちを取り巻く状況を見ると、人類は、これまで知見を蓄積してきたにもかかわらず、理性も知性も失って自ら破滅に向かっているように思えます。建築とまちづくりの仕事と活動は、平和と安全であることが前提です。それがなければ健全な発展を遂げられません。一方で、私たちのどんな取り組みも平和への道につながっています。戦争を手繰り寄せない2026年にするために、この誌上で、仕事と活動で取り組みましょう。

(*)我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律(2015年9月30日法律第76号)および、国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律(同法律第77号)

<特集> 建築とまちづくりセミナーin仙台

 東日本大震災から今年で15年。その時に新建築家技術者集団(新建)の復興支援の中心拠点としたのが仙台でした。その仙台で2025年10月25・26日、「東日本大震災から14年・能登半島地震から学ぶもの--東南海トラフ地震に備え語り継ぐ」をテーマに建築とまちづくりセミナーin仙台がおこなわれました。会場となった東北大学青葉山キャンパスは、杜の都にふさわしくすばらしい並木のなかに校舎がありました。講座が始まる頃から降り出した雨ですが、雨で濡れた並木も趣が感じられました。 
 4講座と被災地を巡る見学会は、講座での講師の話が現地で実際に確認でき、まちづくりに取り組む人たちの話が加わることで、理解や思いを深めることができました。
 今回は東北大学都市デザイン研究室と新建が共催したことで、講座や交流会、現地見学会に東北大学の少なくない院生や学生が参加してくれました。建築職ではない地元の人たちの参加もあり、介護職の参加者からは「建築やまちづくりの人たちとのつながり方が見えた」と感想をもらい、これからの取り組みの弾みになりそうです。
 セミナーのもう一つの特徴は、プレ企画の講座があったことです。昨年5月号の本誌で特集した「みやぎに生きる」(552号)の特集から、能登半島地震の仮設住宅の実情、宮城県での東日本大震災復興時の問題点という震災復興に関するテーマ、建築保存等の建築とまちづくりに関するテーマ、地域と生業を守るために原発に立ち向かう取り組みなど幅広いテーマを取り上げました。宮城支部での日頃の取り組みや人びととのつながりが存分に発揮された企画になり、建まちセミナーへの期待につながったと言えます。
 被災者主体の復興、復興に終わりはない。宮城支部で震災復興に携わってきた会員からいつも聞かれる言葉です。加えて、被災地の被災状況に対応した復興。これらの本当の意味を知り、各自の地域で災害に備えたまちづくりをおこなっていけるか、私たち専門家集団に突きつけられた課題です。 担当編集委員/高田桂子

<ひろば>東京支部―「のこぎり屋根に魅せられて」写真展
スライド&トークショー「のこぎり屋根から見えるもの」

 全国的なノコギリ屋根工場の写真記録を通した建築文化発信と普及活動を行ってきた東京支部会員である写真家・吉田敬子さんが、長年の活動の社会的意義と価値が評価され、2025年の「日本建築学会文化賞」が贈られました。支部が毎月発行している機関紙『ホワイエ』に長年にわたり連載をしていただいています。
 「2025年日本建築学会文化賞受賞記念写真展/吉田敬子/のこぎり屋根に魅せられて」が11月5日(水)~9日(日)入間市文化創造アトリエ・アミーゴ(以降、アトリエ・アミーゴ)で開催されました。主催はNPO法人入間市文化創造ネットワークです。
 期間中の11月8日は吉田敬子さんが登壇するスライド&トークショー「のこぎり屋根から見えるもの」が行われました。トークショーには入間市にある細芳織物工場の細田和男さん、アトリエ・アミーゴ館長の水村雅啓さんが登壇しました。スライド&トークショーに東京支部から5名が参加しました。
 会場はのこぎり屋根のホールで、写真展を開催するのに「ここでしかない」と思う最高の場所でした。写真は『ホワイエ』や書籍で拝見していましたが、大きなパネルの写真は圧巻でした。のこぎり屋根のある風景は歴史と文化を伝えていることを、美しい写真から感じ取ることができました。
 赤いのこぎり屋根がかわいいアトリエ・アミーゴは、1916(大正5)年に工場として建設されたそうです。1937(昭和12)年、埼玉県繊維工業試験場を誘致するなどの経緯を経て、大正、昭和、平成と地元密着で、技術、品物、人を育ててきましたが、1998(平成10)年3月閉鎖されました。その後「市民の音楽、演劇等の文化活動・交流、地域産業の理解・振興を図る場」として、2001(平成13)年2月入間市文化創造アトリエとして生まれ変わり、現在は、昔ながらの雰囲気が残る「本館棟」(のこぎり屋根の4棟)、新設された直径10mの円形(16角形)の「スタジオ棟」、3つの「サロン棟 」などで構成されています。
 会場で最初に『ホワイエ』の原稿をパネルにしてくださったアトリエ・アミーゴの事務局の園田美鈴さんとお会いでき、パネル展示を見ながら今回の展示会開催にあたってのエピソードなどをお聞きすることができました。
 吉田さんと久しぶりにお会いして、お話も伺うことができて良かったです。トークショー終了後には、細田和男さん、水村雅啓さんとも交流をさせていただきました。 (東京支部・山下千佳)

<ひろば>東京支部―住宅研究・交流集会
再開発と住まい、まちづくりを考える―タワマン再開発をめぐって

 2025年11月23日に、国民の住まいを考える全国連絡会(住まい連)らの主催で、「再開発と住まい、まちづくりを考える」(サブタイトル「タワマン再開発をめぐって」)をテーマに、板橋区の各地域で活動する住民からの報告と意見交換などを行う交流集会が行われた。板橋区では、タワーマンション型の再開発が大山駅南口・上板橋駅南口・板橋駅周辺などで同時進行している。また、高島平団地では、廃校した小学校跡地と隣接する都市再生機構(UR)の既存住宅を解体した跡地を交換し、先行して小学校跡地に30階を越えるUR賃貸住宅を建設する計画が団地建替え事業として進められている。
 交流集会では、まず、タワマン再開発の現状について、住まい連の坂庭国晴氏の基調報告「タワマン再開発をめぐって――現状、問題性、運動」で詳しい報告があり、その後各地域からの報告と発言があった。
 当日の私は「報告を受けてのコメント」する立場だったので、長く、URのOBとして現役時代に携わってきた多摩NT、千葉NTの団地計画、市街地の団地開発計画、管理職になってからは大規模団地の建替事業で、団地居住者との話し合いや行政職員らとの事業経験をもとにコメントした。
 以下は、高島平団地の建替え問題についてのコメントを要約したものである。
 まず、高島平二・三丁目周辺地区の地区計画と高島平33街区の建替え問題についてである。東京都都市整備局のHP記載の「地区計画」について以下の記載がされている。
 地区計画とは、地区の課題や特徴を踏まえ、住民と市区町村とが連携しながら、地区の目指すべき将来像を設定し、その実現に向けて都市計画に位置付けて「まちづくり」を進めていく手法です。
 しかし、令和6年8月29日開催の都市計画委員会(HPにも掲載)で区が行った内容は、地区計画策定の手続き・地区計画の概要はあるが、東京都都市整備局が示している「住民と市区町村とが連携して…」という箇所の説明もなければ記載もない。さらに、9月26日の区の都市建設委員会で区の担当課長は、URとの事業計画の具体性が乏しい点などを理由に、地元が要望した「板橋区とURによる合同説明会は無用な混乱を招く」として開催を拒否した。この発言は、地区計画の努力義務でもある「整備・開発・保全の方針」まで定めているにも関わらず、当事者意識を欠く無責任な発言である。
 二つ目は、関係する住民はどう立ち向かうのか…組織としての力を発揮することである。
 9月27日付け東京新聞記事によると、前日開催された都市建設委員会では住民が要望した区とURの合同説明会の採決に反対した委員からも「情報発信、積極的な説明を」等の意見もあった。
 これを力にして、これまではURの賃貸居住者と分譲居住者の有志が中心になって、自分の団地自治会、管理組合の活動へと幅を広げてきたが、これからは住民と市区町村とが連携しながら…という地区計画の手法を自治会と管理組合が中心になって、板橋区・URに要求していく活動が求められる。
 3点目は建替え事業に対する自治会の役割だ。URの建替え事業による賃貸居住者の強制移転は、借地借家法からも根拠となる正当理由はない。しいて言えばURは団地居住者に移転をお願いする立場だ。居住者の中には、小学校跡地に建つタワマンに移転したい、このままで良い、団地内・外に移っても良いなどの居住者の要望はさまざまだろう。UR自治会はそれぞれの要求をしっかり受け止めて、皆が安心して居住できるようにURと話し合いを続ける必要があるし、それが組織された自治会の仕事でもある。 (東京支部・小金山光男)

<ひろば>大阪支部―建築家伴現太さんの長屋リノベーション自邸見学会&忘年会

 12月11日、大阪支部会員である伴現太さんの自邸見学会が開催されました。大大阪時代の良質な長屋が今も息づく大阪市阿倍野区昭和町エリア。この地でいくつもの長屋改修を手掛け、自らも長屋に事務所を構える伴さんの案内のもと、再生に携わった長屋群を巡りながら、大阪近代長屋の歴史についてお話を伺いました。
 大阪府が全国に先駆けて制定した「大阪府建築取締規則」(明治42年制定)により、道路から一尺五寸(約450㎜)の壁面後退、敷地の4分の1を空地とする規定、二階の壁面後退が義務づけられました。この長屋ルールが道路の圧迫感を和らげ、ゆとりある植栽スペースを生み出し、整然としていながらも庭や緑の豊かさがある独自の「長屋文化」を形作ったのです。
 門塀型、洋風、和洋折衷、中庭型など、築100年近い多様なスタイルの長屋が、リノベーションによって住居付き店舗などに生まれ変わり、新たな地域コミュニティの核となっています。
 今回拝見した伴さんの自邸は、門塀を持つ「前庭+後庭型」の5軒長屋の一区画。一尺五寸の余白がまちと内部空間を緩やかにつなぐ前庭。エントランスから室内へ入ると、そこにはレベルレスの畳敷きの床座空間が広がっていました。驚いたのは、ベタ基礎直敷きにもかかわらず足裏から伝わる畳の温かさです。伴さんの説明によれば、断熱性能を徹底的に高めて温度の上下差をなくすことで、床面に冷気が滞留するのを防いでいるとのこと。エアコン1台で冬場も快適に過ごせると聞き、温熱設計の重要性を肌で感じることができました。この床座空間は、一段上げたダイニングの床に腰掛けることもでき、人が集う心地良い空間になっています。
 このリノベーションには長屋の魅力を活かしつつ、住宅としての性能向上を目指したさまざまな工夫が凝らされています。アプローチから後庭まで視線が抜ける水平の軸と、吹き抜けを介して天窓へとつながる垂直の軸。このタテ・ヨコの「抜け」が、間口の制限を感じさせない開放的な空間を構成しています。
 長屋特有の建物中央部へ光が届きにくい問題を克服するため、二階床を一部上げ、吹き抜けからのハイサイドライトで自然光が奥まで届くように設計。吹き抜けによる床面積の減少に対しては、屋根断熱の強化によって小屋裏の空間を室内化することで、採光と床面積の両立を実現しています。また、開閉式のトップライトには排熱の役割もあり、自然な風の通り道になっています。
 土壁の優れた調湿機能を損なわないように、断熱材として、吸放湿性のあるウールブレス(羊毛)およびセルロースファイバーを採用し、さらに仕上げ材には木毛セメント板・織物クロス・漆喰といった透湿性の高い素材をメインに選定。わら畳などの自然素材も使うことで、「建物全体が呼吸する」ような清々しい空気感を生み出しています。また、土壁一枚の長屋の界壁の遮音性能や耐火性能の弱さには、将来の隣家の切り離しにも対応できるように、自邸側に新たな構造軸を設置。石膏ボード2枚張りの二重壁とすることで遮音性能と耐火性能の向上が見込めます。
 長屋リノベーションは実際に壁をめくってみなければわからないことばかり。調査と実験と住み心地の検証を建築家自ら実践する伴さんの建築スタイル。長屋再生のモデルハウスとして紹介する活動を通して、実際の住み心地も伝えていきたいとのことでした。隣近所と疎遠になりがちな都市で、他者と関わり合いながら集まって住む暮らしの魅力を再発見できる、有意義な見学会となりました。 (大阪支部・むらさきいきる)

よかったらシェアしてください
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次