次世代に遺す-つないでいく建築とまちづくり運動

新建の役割を次世代に——自由で誠実な未来をつくろう   山本厚生 建築家・新建全国代表幹事

若い人に伝えたいこと
 新建は二十世紀の歴史の波に翻弄されながら設立し、それに抗して歩んで来ました。だからこそ、運動の内容と方向を間違いなく、「住民のための、住民主体の建築とまちづくり」と定めて前進を続けることができました。そして二十一世紀となった今、入れ替わったリーダーたちも確信を持って新建の役割と力量を次世代につなぎ、荒れ果てた世の中を一緒に変えていこうとしています。
 この文章ではそれを以下の五項目で伝えたいと思います。

国民は平和、支配者が戦争
 戦前、戦中は、世界的な近代化のなかで、日本の先進的な建築家も幾度か新しい運動を起こそうとしましたが、その都度、日本を支配していた軍国主義に弾圧され、投獄されて、ひどい目に遭いました。
 二十世紀半ば(1945年)、第二次世界大戦が終戦となり、世界中の国民が、殺し殺される戦争はもうこりごりだと痛感して、平和な世界をつくろうと決意を固め、国際連合と国連憲章をつくり、植民地をすべてなくして国連に加入させ、それらの諸国民が今では核兵器廃絶の運動を主導しているのです。
しかし、二十世紀の後半には、核兵器を持った数カ国の独裁的な支配者が、国民を裏切り、そそのかして世界のどこかで次々と戦争を続けてきています。

日本の学生会議と建研連
 終戦で解放された優れた建築家や建築関係者たちが、三年後には「建築を民衆の手に」という旗印の下に「新日本建築家集団(NAU)」を結成し、精力的に活動をはじめました。ところがそれも、1950年の占領軍指令による大々的な「レッド・パージ(共産主義者を公職や企業の役職から追放する強力な指令)」が引き金となってつぶれてしまいました。そのころ、国際建築学生会議から「日本でも建築学生の組織をつくって、ローマで開かれる国際会議に代表を派遣してほしい」という呼びかけが届きました。急遽、全国の建築科の学生が活躍して、1954年4月のローマ大会に代表を一名送ることができました。
 その後、同年9月に建築科の学生たちは、全国から山中湖畔に集まって交流を深め、「日本建築学生会議」の活動をはじめました。
 この間、建築界の動きを支援しながら、建築関係者も話し合いを重ねてきました。NAUがつぶれた後も生き残って集まっていたのは、「各地」「各テーマ」のサークルの方たちで、同年3月には「建築研究団体連絡会(建研連)」を結成しました。その後もその人たちが話し合い、それぞれの活動を報告し合って『建築をみんなで』という本にまとめて、二年後の1956年に出版しました。
 しかし「建築をみんなで」に参加したサークルの方たちの、全国的な組織にまとめるメドがなかなかつかず、しびれを切らした人たちがとうとう1964年に、東京を中心に「仮称建築家集団」をおこし、全国組織づくりの準備をはじめました。この時すでに、関西でも全国的な動きははじまっていました。

新建の設立
 そのころ世界的には、ソ連のスターリンとその後継者や、中国の毛沢東とその後継者が、独裁的な支配者となっていて、日本にも歪んだ「社会主義」を押しつけてきましたが、私たちの分野ではそれを見抜いて、はね返してきました。
ところが1969年、日本の建築分野にひそんでいた「70年安保」の「過激派」が、「仮称建築家集団」内に分派をつくって集団を破壊してきたので、急いで1969年5月に「仮称」をやめて、「新建築技術者集団」の名称で東京中心の組織として発足しました。
その創立総会の記念講演では、山本学治先生が、「今、さまざまな矛盾を抱え込んでいる生活環境を住民のために革新する意志と力は、この集団にしかないと考えるから自分も参加したい」と力強く話されて、聞き入っていた人がみな感動しました。
さらに次の年の12月には、全国的な話し合いのなかで、「技術者」だけでなく「建築家」を自認して参加する人も多くいるからと、「新建築家技術者集団(新建)」に名称を変えて、正式な全国組織として設立総会を開き、今日に至っています。

新建の優れた特徴
 ここでは新建が前進してきた活動の特徴を、「つながり」を広めた、「内容」を高めた、「体制」を固めた、の三点に要約して書くことにします。

「つながり」を広めたこと
 新建できたて早々には、戦前戦後の優れた建築家のまわりに、当時の若手を集めましたが、まもなくその若手たちが自分に合う活動を前進させました。何度も交流会を開いて、40歳前後のリーダー格の人を「ニアフォーティ」といいながら「団塊の世代」をひきつけて「地域別」のつながりを強めました。さらにさまざまな成果を交流し、民主的な諸団体と結びつき、地域に根づき、仕事をつくり、職場をつくって若手を育てました。

「内容」を高めたこと
 住民のさまざまな要求を取り上げて、テーマ別に追求して高めたり、支部や全国の企画として学習会を開き、住民のための建築とまちづくりの実行力とその成果を高めてきました。
「住まいづくりは生き方づくり、家族づくり、まちづくり」なども住民主体を貫く新建ならではの考えと指針です。

「体制」を固めたこと
 これまでにさまざまな大事な団体が消えてしまいましたが、新建にはそれがなく、55年も続いています。
しかも、設立当初に近くにいなかった人たちも新建を知って、自分の生き方、考え方に共通しているからと、21世紀になっても、たくさんの方々が入会してきています。
 そして今、設立当初からの古い人が高齢などでなくなったり、動けなくなったりして、ほとんど新しいリーダーに変わっても、思想が強く、若い人につなぐ役割も意識的に担っています。
 すばらしいことです。

未来をつくろう
 今の世の中はひどすぎます。若い人と一緒に変えたい。
 富を略奪するために国民を欺いてきた、無責任な支配者がここまで歪めてしまいました。貧困と格差と分断、孤独と絶望と犯罪、人工的環境破壊と自然の逆襲。
 平和と自由も、人権と公正も、自然との共存もずたずたで最悪。
 このままでは人間(人類)は地球とともに絶滅してしまいます。とにかく今こそ世の中の流れを変えねばなりません。
 変えるために次のことを確認しておきます。
 ・支配のない未来はあり得る
 ・社会を変えるのは住民の自覚
 ・身近な地域から変えていく
 ・新建には大事な役割がある
 などです。

 いろいろ書きましたが、閉塞感に悩む若い人に、この歴史的な活動で未来を切り拓くため、新建に入ることを訴えます。          

「『建築とまちづくり』2025年12月 No.558」より

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