建築とまちづくり2025年1月号(NO.548)

目次

<目次>

特集
災害復興のあり方を探る

遠州 尋美
能登復興をめぐる課題
――アピール活動の取組を踏まえて

高林 秀明
狭い仮設住宅は人権問題
――輪島市の二人世帯の一K(四畳半)入居

田中 正人
コミュニティ再生とは何を再生することなのか?
――被災地の自治と被災者の自己決定

阿部 重憲
東日本大震災・宮城県の復興と市民検証から
――住民自治なくして復興なし

窪田 亜矢+益邑 明伸
小さい集落の存続のために

丸谷 博男
日本の高度成長型経済がもたらした
『地方』の現状と課題を露呈した能登半島地震

垂水 英司
インタビュー:阪神淡路大震災から三〇年
――復興は、幅広い膨らみの中で

連載
失われた町、受け継がれる舎<いえ>(6)
三連休の最後の日、そして
中尾 嘉孝

社会派 聖地巡礼(1)
新しい聖地巡礼の始まり
中林 浩

主張
平和への決意
中島 明子

新建のひろば
市長が市民の提案に反応した
――枚方のまちづくりを考える市民ネットワークの活動から
公開講座「ドイツ流『まちを創ること』のすすめ」報告
京都支部――自治を共に語る会 第1回
「文化創造を基底としたまちづくり実践から学ぶ」

<主張> 平和への決意

平和への決意中島明子  和洋女子大学名誉教授/代表幹事

 新しい年を迎え、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
 昨年嬉しいことがいくつかありましたが、もっとも嬉しかったことは、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を受賞したことでした。
 今年は戦後八〇年。戦争を経験しない人々が九割を占めるようになりました。私はそのトップランナーで敗戦の翌年に生まれ、直接の戦火にはあいませんでしたが、その傷跡に触れて育ちました。庭の防空壕、焼けただれた建物、戦地から精神を患って帰った伯父、傷痍軍人さん、物乞いをする子どもたち……。なにより記憶にあるのは、小学校の時、先生から見せられた原爆紙芝居です。原爆投下で家族が瓦礫の下敷きになって動けなくなったところに火の手が迫るという絵でした。『はだしのゲン』にある光景です。同じ頃観た映画「ひめゆりの塔」と重ねて、「戦争」の恐怖と唯一の核被爆国日本における残酷な経験を心に刻みました。建築の大学院生の時、京都に在住する広島・長崎で原爆を受けた被災者を訪問し、京都の聖護院の角で、被爆者援護法を求める署名活動を、京教組の女先生と二年にわたり行いました。
 そうした私の前半生のささやかな経験から、私にとって地上から核兵器をなくすことは切実な願いでもありました。ですから二〇一七年に核兵器禁止条約の成立に貢献してきたI CANがノーベル平和賞を受賞したこと、そして昨年の被団協の受賞はなによりも嬉しい知らせだったのです。世界は見捨てたものではない、必ず「希望」はあるのだと。
 今後は、被爆国である日本政府が核兵器禁止条約を批准し、核のない平和な世界を構築することが喫緊の課題です。核兵器使用を持ち出したロシアがあり、「想像してみてください。直ちに発射できる核弾頭四〇〇〇発もあるということを」という被団協田中代表委員の警告、地球滅亡までの時間は「九〇秒」を切りました。
 では建築人としてなにができるのでしょう。
 そして私にできることはなにか。
 一人の人間として自分の意志でできることは考えられそうです。戦争に反対する活動に参加し、政府に平和を実現するよう要求し、選挙で意志を表明する。
 しかし、建築人としてできることはなにか。
 新建築家技術者集団の『憲章』の最後の第六項には「建築とまちづくり、生活と文化、自由のために平和を守ろう」とあります。ここにヒントがありそうです。この憲章を作成する時に、私も参加しました。最後に提案された「平和」を加えることの提起は、「平和」といった言葉が政治的で新建のメンバーを分断してしまうかもしれないといった恐れがありました。しかし、戦争は、人々が人間らしく生きる根幹の空間を破壊し、人間の生命と尊厳を、人為的に奪います。ウクライナでもガザでも、崩れ瓦礫となった共同住宅や学校・病院の無残な姿を目にしますが、破壊した者は、それらを復旧させることを拒むのだそうです。建築創造に携わる者にとって、戦争は許し得ない行為であり、平和があってこそ、建築の職能を活かせるのです。討論の末、憲章の最後に「平和」を入れました。新建憲章の持つ意味はとても大きいと思います。
 他の建築技術者団体では、「平和」にかかわる文言を掲げたものはありません。
 二一世紀に入り、新建は五〇周年を契機に新たな時代を切り拓きつつあります。人々が人間らしく生きるために日常的な建築創造に携わるとともに、それを実現できる社会をも実現してゆくことが求められているのではないでしょうか。
 私たちは新年にあたり、このことを考え、どのような行動ができるのかを考えたいと思います。

<特集> 災害復興のあり方を探る

 2024年1月の能登半島地震から1年が経ちました。9月には豪雨が襲い、新しい生活を始めたばかりの地域は大きな打撃でした。多重災害は被災者の心を折ります。
 能登半島地震の復興のあり方をめぐっては、震災直後から問題が山積みでした。
 支援が届かない。既存コミュニティ単位での避難ができていない。早い段階での支援の打ち切り。力なく浮遊する「創造的復興プラン」。仮設住宅の狭さやコミュニティ機能不在、など阪神淡路大震災以降、震災復興で積み重ねられてきた経験が活かされないまま推移していると言ってもよい状況です。選択と集中という国策のなかで、人口減少地域は切り捨てても仕方がないという官庁からの声も聞こえてきます。
 いま、この国の人権と主権者としてのあり方が根底から問われています。国とは、人々の命と自由のためにあるのではないか。そして、そのために私たちは民主主義という原理を見出したのではないか。本号では、災害からの被災者本位の復旧・復興を貫く住民自治・自治体行政のあり方と課題について考えます。
 その柱は次の3点です。
 一つは、復興が遅れている能登半島地震の現状と復興の課題がどこにあるかです。
 二つ目には、住民自らが参加し復興していく基盤をどう作るかという課題です。地域コミュニティを日常的に作り、広げていくにはどのようなことが必要でしょうか。過去の災害復興からの経験を学びます。
 最後に、過去の復興の経験から、建築とまちづくり分野の私たちが目指すべき復興支援とは何かを考えていきたいと思います。   特別編集委員/阿部重憲  担当編集委員/髙田桂子

<ひろば> 大阪支部―
市長が市民の提案に反応した―枚方のまちづくりを考える市民ネットワークの活動から

 2022年9月の市議会で市役所位置条例案が否決されて2年以上が経過しました。その間、学習会、講演会、シンポジウムを始め、市役所を囲むヒューマンチェーンやデモ行進、宣伝活動、署名活動など、多彩にかつ精力的に行動し、市の計画の問題点と市民の提案を訴える運動を展開してきました。その影響もあって、以後、市役所位置条例案は一度も提案されず、計画を都市計画審議会に諮ることができていません。市民の主張は単なる開発反対ではなく「大義のない土地区画整理事業は不要」「築65年の市役所は駅から離れた府有地に建てるのではなく、すでに廃止されている市民会館跡地に単独事業で建て替えを」と、具体的かつ現実的な提案をしています。
 そんななか、2024年9月に市長が所属する政党の機関紙が全戸配布され、市長の顔写真が大きく掲載されるとともに「Q&A 市長に聞いてみよう!枚方市駅周辺再整備」というタイトルで、A4一頁を使って市民からの批判や市民の提案を否定し、市の考えを主張する記事を掲載しました。これは見方を変えれば市民の声が市長に届いたのであり、ある意味で大きな成果と言えます。この内容は矛盾に満ちた独善的な主張であったため、私たちは全戸配布された市長の市民の意見に対する反論、主張は道理がないことを訴えつつ、市役所づくりをみんなで考えようという集会を企画しました。
 「わたしたちの新しい市役所づくりにみんなで参加しよう」と題して2024年10月6日(土)に約80人の参加で集会を開催しました。第一部は「市民提案に対する反論チラシ『Q&A 市長に聞いてみよう』を解説する」と題して都市計画の専門家(枚方市民)が、逐次解説によって市長の主張の矛盾や論点ずらしなどを解説し、参加者からは「大変よく理解できた」と感想が寄せられました。第二部は「市民が提案する新庁舎〜テーマごとの概要」として、6月の集会で報告した近隣各地の市役所見学を踏まえて枚方市役所に当てはめながら次の6つのテーマに分けて、市民ネットワークのメンバーが交代で市役所づくりの考え方を提案しました。A―立地・アプローチ・公園と市役所、B―市民交流スペースと市民活動スペース(自由に使う、NPO、サークル)、C―市民窓口スペース(福祉 教育 子育て)、D―議場・傍聴席、E―防災・危機管理、F―地域の文化・歴史とのつながり(市民参画含む)。
 そして第三部はこの6つのテーマでワールドカフェを実施しました。A〜Fのテーマごとのテーブルを設定し、テーマに沿った市役所づくりに対する意見や要望を話し合い、10〜15分程度でテーブルを移動する、というのを5〜6回繰り返してそれぞれのテーマについて多くの人たちの意見を集めました。ワールドカフェはワークショップのような高度なファシリテーション技術は必要なく、各テーブルにチューターを置くだけで、気軽に話し合ってたくさんの意見を集めることができます。この中で認識を新たにしたのは、枚方市は保育運動の先進地域であったことや、市内の香里団地(1958年)には学者や文化人が多く住んでいて文化交流の集まりが盛んであったこと、その香里団地に米ケネディ大統領の弟ロバート・ケネディ司法長官が視察に来たこと、そして古代遺跡や由緒正しい神社、戦争遺跡もたくさんあり、枚方市の多様な特徴が参加者から語られ、これらの特徴をまちづくりに生かすべきだと思いました。集めた意見は、市役所に対する市民の要望としてまとめて市に提案する予定です。
 さて、約2年間、精力的に運動を展開し、それなりの反響を残してきましたが、集会参加者の顔ぶれが固定化してきており、市民の関心のひろがりという点では限定的な範囲にとどまっていることは否定できません。そこで来年3月の市議会を前に、これまで市民ネットワーク主催の集会などに参加していない多くの市民グループ、NPO団体などに声を掛けて「枚方まちづくりサミット」を開催しようと目論んでいます。市民ネットワークのメンバーは意外と内弁慶なところがあり、なかなか外に一歩踏み出せていないのですが、ここで一回り運動を大きくしないと市長は3月議会で市役所位置条例を出してくるぞ、と危機感を煽りながらおしりをたたいているところです。(大阪支部・大槻博司)

<ひろば> 東京支部―
公開講座 「ドイツ流『まちを創ること』のすすめ」報告

 東京支部では、4月に「秩父宮ラグビー場と神宮球場の現在地での再生提案」の発表会を開催し、大きな反響をいただきました。その後、なかなか継続した動きができませんでしたが、秋にバイエルン州建築家協会登録建築家である水島信さんから来日されるという連絡をいただき、ドイツの景観やまちづくりを知る、日本との違いを学ぶ機会を作りました。板橋の大山ハッピーロードの再開発反対の運動などを一緒に取り組んでいる立教大学文学部教育学科教授の和田悠さんと相談し、大学と共催の公開講座というスタイルで11月9日(土) 14 時から17時、立教大学池袋キャンパス10号館の教室で開催しました。講演会には46名が参加し、終了後のアンケートは22名の方から寄せられました。会場で『建築とまちづくり』誌を紹介し、定期購読の申し込みをしてくださる方がいて、とても良かったです。
 水島信氏は40年以上ドイツで建築家としてのキャリアを積み、長くミュンヘンに在住しています。東京支部とのつながりは、10年ほど前に「デザイン塾」でお話を伺ったことで、久しぶりの再会となりました。
 講演では、都市計画を立てる際に住民のニーズを考慮することの重要性について話されました。ドイツと日本の建物や街並みの写真を紹介しながら、その違いを具体的に説明され、わかりやすい内容でした。まちづくりとは、その場所の将来を計画する際に、歴史を理解することが必要であり、冷戦時代に都市が分断されたベルリンは壁の崩壊後、古い建物や通り、歴史的建造物を保存しながら都市が再建されました。生活環境としての共同体における行政の任務と市民の権利と義務が重視され、これは都市の連続性とアイデンティティの感覚、コミュニティを生み出しました。日本は戦争への反省のしかたがドイツとまったく違うため、憲法や民主主義が暮らしの中に生かされていない、日本政府は住民のニーズよりも経済発展を優先していると批判されました。最後に、計画プロセスに住民を参加させることが大切で、本当の住みやすい持続可能な都市を作るための唯一の方法であると強調されました。反対運動ではない、魅力あるまちづくりを身近な人と話すことが求められていると感じる講演会でした。(東京支部・山下千佳)

<ひろば> 京都支部―
自治を共に語る会 第1回「文化創造を基底としたまちづくり実践から学ぶ」

 酪農学園大学名誉教授で北海道地域自治体問題研究所顧問の河合博司さんを講師に、11月14日(木)もえぎ設計にて開かれました。リアル参加8名、Zoom参加が8名でした。Zoomでは北海道や富山からも参加がありました。
 河合さんの豊富な経験と知見から語られる言葉は、とても魅力的です。まず、自治・地域づくりを巡る今日的焦点はなにかについての解説があり、地方自治の制度的な解体が起こっている状況を知りました。一方で、それに対抗する軸として、訓子府町や杉並区の自治があり、そこから学ぶために、今回は訓子府町の前町長の講演録を題材に話が進みました。人口4600人の訓子府町で「住民自治とは」「町民が主人公のまちづくりとは」を町長として実践された経験は、こうして又聞きであっても非常に参考になります。各地の輝ける小さな自治体の話や、言葉=キャッチフレーズに込められた叡智など、対話を大切にする河合さんならではの視点が紹介されました。
 参加者からは「自治についてこれまで深く関わってこられた河合さんならではの視点がお話の随所に散りばめられていて、大変考えさせられました。全国の自治体の取り組みを紹介されていましたが、行政改革を進めていく上での言葉選びの大切さは、私たち設計者が日ごろの業務に関わる上でもとても大切な視点だと受け取りました。自治体フォーラムでの「小さくても輝く」のではなく「小さいからこそ」の発想を大切にされているというくだりは、国がつくった大きな枠組みに飲み込まれてその歴史的魅力や背景を失ってしまう自治体が多いなかで、自らの魅力を見つめ直し、柔軟な姿勢で自己を再評価する上でとても大切な視点だと感じました」「町民も公務員も自分たちが暮らす町について当事者意識をもって良くしていこうという意識をいかに育てていくか、その大切さと重要性が大変伝わってきました。社会教育が人や町を豊かにしていくのは、まさにその通りだとあらためて実感しました。最近読んだ本で、マイナンバーなど国民が個人として管理されていくことで自己責任の意識が強まり、共同体として活動する意識が削がれていっている、そのため集団の強い力で訴えていくことが起こりにくい、というような意見を読みました。周りで起こっていることに当事者意識をもって接し能動的に行動する、そう心がけたいと感じた時間でした」「各地域で活動された河合さんのお話はとても考えさせられるものでした。なにより河合さんの優しい視点が気持ちの良いものでした。誰に対しても温かい視点があり、敵対するのではなく一緒に成長していく活動に心動かされます」といった声がありました。
(京都支部・桜井郁子)

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