2015年4月号(No.440)

特集:どこへ向かう、建築まちづくり ── 今日の社会的状況を超えて

 

いま日本社会は重大な課題が山積し、大きな岐路に立っている。これら課題の克服には、徹底して話し合い粘り強く合意形成を図る事が不可欠である。そうした民主的な手続きは、私たちが建築まちづくりで培ってきたものであり、建築家技術者には狭義の職能を超え、実績や経験を基にした社会的発信が求められる。建築運動、まちづくり、建築創造、住宅問題、震災復興の各分野で長年の活動を基に、これからの建築まちづくりと日本社会がどこに進むべきかを示す。

 

・21世紀の建築運動 ノン・ルーチンの行動の可能性               本多 昭一
・人口減少・超高齢化社会に対応するまちづくり 住まいの改善事業を軸として   黒崎 羊二
・建築まちづくりに取り組む構えの大進化を プランからメニューへ        伴 年晶
・わが国に「住宅政策」はあるのか                       坂庭 国晴
・コミュニティ・被災者主体の復興の仕組を 「創造的復興」の検証が必要     阿部 重憲


■  新建のひろば
・建学校in富山
・認知症サポーター養成講座
・20世紀建築運動の成果と21世紀の課題~新建はいま何をめざすか~
・今、住まいに何をもとめているのか展
・復興支援会議ほか支援活動の記録(2015年2月1日~3月20日)

■  連載
《建築保存物語24》大浦小学校と會津八一記念                 兼松 紘一郎
《創宇社建築会の時代4》「生命」の思想と分離派建築会             佐藤 美弥
《木の建築~歴史と現在17》国産天然スレート                 大沢 匠
《設計者からみた子どもたちの豊かな空間づくり16》
保育と建築を学んだ学生から見えた子ども空間のハードとソフト          堀井 慎太郎
《書棚から》『白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか』


 主張 『近隣アジアを知る』
新建全国代表幹事 垂水 英司

1940年生まれの私は、敗戦の翌年、いわゆる新制小学校に入学した。私の生活記憶のほとんどはその時点から始まっている。そのせいか私の脳裏には、過去の「軍国日本」という暗黒のイメージが、とりわけ「近隣のアジアの人たちにとても悪いことをした」という思いとともに刷り込まれた。ただ、それはいわゆる「手を汚していない」世代の、手触り感がほとんどないものであった。

 

1995年に話は飛ぶが、私は長年勤めた神戸市役所で阪神・淡路大震災に遭遇し、その後5年間住宅復興に従事した。そろそろ定年を間際に控えた1999年9月、台湾で地震が起こり、その2カ月後、台湾営建署(日本の建設省にあたる)の招きで被災地を訪れた。それはほぼ初めてに近い台湾経験であったが、不思議な親近感を覚え、その後台湾の被災地を中心にさまざまな交流を続けることになった。
台湾で驚いたことの一つに、しばしば「軍国日本」に遭遇することがある。私より年配の人たちは日本人を見ると、流暢な日本語で懐かしそうに話しかけてくる。概して当時の日本を褒めてくれるのだ。必ずしも私が日本人ゆえのお世辞だけでないことが語感からわかる。最初のころは面食らったが、このごろは言葉の奥にある事実を聞き取ろうと思うようになった。
ごく最近出会った原住民ツォウ族の長老も、「当時の学校の日本人教師がとても好きだった」「この前まで年賀状がきたのに、最近途絶えた」という。多分亡くなられたのだろうと、遠くの山に目を向けながら記憶を手繰り寄せるように語ってくれた。私は、まるで台湾で冷凍保存されてきた「軍国日本」の一片が目の前で解凍されるような思いで聞いた。
かつて70年以上前、今では日本人がほとんど行くことのない異郷の山間にも、普通の日本の庶民が暮らしていたということである。私の観念的な「軍国日本」認識に一つの襞を作ってくれる。日本は台湾を50年間植民地として領有した。さらに大連などの関東州を40年、朝鮮を35年、満州を13年、日本は身勝手な領有のため事実上支配下に置いた。戦場の憎悪や恐怖をともないながらも、こうした近隣アジアの隅々まで普通の日本人が赴き、足跡を残したのだ。敗戦を機に日本人は一斉に引き揚げ、その後これらの地域に対する日本国民の関心や知識は急速に薄れていった。
そして最近国民の間に、特に中国や韓国に対する嫌悪感が広がっている。また、一部の施政者の中に歴史認識を修正しようとする動きがある。これは、近隣アジアの隣人たちと未来志向で交流できる前提を覆すことになりかねない。とても心配なことだ。「軍国日本」にもさまざまな歴史の襞があると私も思う。近隣アジアの人たちとともに、それぞれの国のさまざまな歴史の襞を語り合うには、入り口となる謝罪を揺るがせにしないことだ。入り口で言い争うより、早く部屋に入って豊かな会話を楽しみたい。
最近私は「近隣アジアを知る」という小さなグループを立ち上げた。国の枠組みを越え、好きや嫌いという前にまず近くの隣人を知ることから始めようという趣旨だ。もちろんささやかなことしかできない。建築やまちづくり、アート、音楽、スポーツ……無数の分野で、個人や地域同士の草の根交流活動が育つことが重要と思う。新建のみなさんとも、こうした活動の中で、いつかどこかでお会いできるのではないかと楽しみにしている。