2015年5/6月号(No.441)

特集:続・デザインを学び直す──新建・東京デザイン塾

 

今年2月号に続く、新建・東京デザイン塾特集の第二弾である。前回はデザインの基礎を学ぶ講座が主体であったが、今回は〈建築技術とデザイン〉〈環境のデザイン〉〈個と群のデザイン〉をテーマとした講座を取り上げた。聴講ノートを整理した各稿の前に、講師が講座で伝えたかった事を掲載している。両方を読んで講座の理解を深めていただければ幸いである。

 

●建築の間取り、部位、構法を総合化するデザイン
-第三、第六、第八、第九講座で伝えたかったこと              丸谷 博男
・第三講座 間取りの歴史と発見1、間取りの歴史と発見2、間取りと地域性   伊藤 寛明
・第六講座 矩計図で考える                        長野 智雄
・第八講座 美しい屋根                          櫻井 聡之
・第九講座 架構とデザイン、日本の空間と架構、架構と風土         柳澤 泰博
●目に見えないものを認識する環境デザイン
-第二、第七、第十講座で伝えたかったこと                 丸谷 博男
・第二講座 通風と換気、断熱と気密、呼吸する家              櫻井 聡之
・第七講座 自然と共生するデザイン、設備の活用              伊藤 寛明
・第一〇講座 照明のデザイン                       樋口 勝一
●個と群が拮抗するデザイン
-第十二講座で伝えたかったこと                      丸谷 博男
・第一二講座 向こう三軒両隣のデザイン                  樋口 勝一


 

■  新建のひろば
・第4回全国幹事会の報告
・篠山のまちづくり見学会
・住宅政策の改革を問う──家賃補助、公共住宅、住まいの貧困
・第3回国連防災世界会議in仙台
・太子道を歩く
・ライト、レーモンドから前川、吉村へ
・建築・街並み探訪「大多喜めぐり」
・復興支援会議ほか支援活動の記録(2015年3月18日〜4月30日)

■  連載
《建築保存物語25》長崎市公会堂(1962年 長崎市)              兼松 紘一郎
《創宇社建築会の時代5》ミネルヴァ・ソサエティ                佐藤 美弥
《木の建築~歴史と現在18》土壁に魅せらえて                 大沢 匠


 主張 『平和なくらしの破壊に、抗う声を大きく』

片井建築設計事務所/新建全国常任幹事 片井 克美

「平和であればこそ建築はよろこび」、これは本誌の裏表紙の新協建設工業株式会社の広告の一文である。ミサイルから身を守る防空壕を造るのではなく、ミサイルが飛んでこないような世の中で、人々の命とくらしを育むことを仕事として選択した誇りを感じる。
私たち建築技術者は、地震や津波・火災などの災害から、命やくらしを守るために努力してきた。しかし、福島第一原発での災害は一瞬にして人々のくらしを奪ってしまった。震災や福島原発災害からの生活再建への道はまだ半ばだと思うが、このときに、文字通り「平和なくらし」を破壊する道が開かれようとしている。安倍首相とその政権与党によってだ。

 

昨年、今まで自民党政権さえもが「憲法上許されない」といってきた集団的自衛権を、「憲法上許される」と憲法解釈を一八〇度転換した。そして今国会では「戦争法案」を強行採決しようとしている。二年前には「秘密保護法」で国民の耳目を奪い、言論を封じる法律も成立した。
矢継ぎ早に、海外に戦争をしに行く国づくりが行われようとしている。戦争法案には「平和」の仮面を付けているが、すでに日米安保法制にも違反したガイドラインの改定を行うなど、国の方向転換を政府で勝手に決めてしまった。
昨年末、戦後最低の投票率での衆議院選挙で得た比較多数(全有権者の20・7%を獲得)の議席を、ナチスが姑息に獲得した全権委任法と同じような委任とでも思っているかのようだ。平和の象徴でもある日本国憲法は一介の政権による解釈で踏みにじられてしまった。
これらの戦争法案や閣議決定は、いずれも「憲法違反」ではないかと思うし、多くの識者もそのように指摘している。しかし、安倍政権はすべて無視している。諫早湾干拓問題では、政府が裁判所の判決を無視するといった前代未聞のことが起きている。そのため政府は制裁金を科せられ、一日九十万円が税金から支払われているが、このような政府の振る舞いが許されてもよいのか。
山崎豊子の「大地の人」は、太平洋戦争敗戦時に、中国東北地方に取り残された戦争孤児の苦難を描いた物語である。満蒙開拓団として日本人が満州に駆り出されたが、その人たちは敗戦時に大日本帝国政府やその軍隊によって助けられることはなかった。住民を守るべき関東軍は先に逃げ、ソ連軍の中に置き去りにされ、見捨てられたのである。多くの人が亡くなり、シベリヤへ連行され、多くの戦争孤児が生まれた。このことは国による棄民といわずしてなんというのだろうか。
安倍首相は集団的自衛権の説明で、日本人の子どもやお年寄りが乗った米国艦船の絵を示し、艦船を守らなければならないと盛んに述べている。しかし、先の戦争での棄民の反省もなく「日本人を救出する」といわれても、絵空事にしか見えない。国は国民を守らない。沖縄の辺野古もこの延長上にあるのではないだろうか。
新建憲章では「建築とまちづくり、生活と文化、自由のために平和を守ろう。」とある。戦前の日本やドイツでは気づいたときは遅かった。まだ、いまだからこそ、この雰囲気を断ち切らなければ、自由な建築活動はあり得ない。命と暮らしを破壊する戦争体制造りにあらがう声を大きくしていきたい。
大詰めといわれるTPP。建築関連ではアメリカの企業に都合のよい制度が待っているようだが、その影響は伏せられている。また、国民健康保険体制の崩壊につながりかねない影響など、生活に関連する項目は多数と思われるが、一部の農産物以外は報道さえもない。
戦争法制やTPP、軍事的にも経済的にもアメリカの下請けにしていくものではないか。
「日本を売り渡し」てはならない。