日本人が自然に受け止められる感性、
それはフィンランド、共通しているのは森の民 丸谷博男
近代のデザインを考える時、アーツアンドアーキテクチュア、アールヌーボー、セセッション、その当たりから「デザインとは何か」という物語りが始まる。その中でも、アルヴァ・アアルトとその妻アイノ・アアルトという二人の存在は突出していた。
1894年にアイノはヘルシンキで生まれ、1898年にアルヴァは生まれている。アイノは1920年にヘルシンキ工科大学を卒業した後、当時ヘルシンキの建築界で名門と謳われていたオイヴァ・カッリオの事務所に勤める。1923年より建築家としてアルヴァ・アアルトの建築事務所に勤め、それから長い年月、彼とともに同事務所を率いながら、アルテックの創業と発展に主導的な役割を果たした。彼らの関わった多くの建築やプロダクトは、歴史の流れの中で、アルヴァ・アアルトの作品として名を成したが、アイノが1949年に早すぎる死を迎えるまで、アルヴァとアイノはそれぞれの能力を認め合いながら、ユバスキュラの労働会館1924~25、ムーラメの教会1926~29、ヴィープリの図書館1927~35、そして世界的に多く期評価されたパイミオのサナトリウム1928~33へと至り、つづいて自邸1935~36、さらに世界で最も優れた邸宅としてマイレア邸1937~38を発表する。太平洋戦争後は、資材の不足する中で地域材を使用して作り上げたセイナッツァロ役場1950~52、「ムーラッツァロの実験住宅」(通称:コエ・タロ)1952~54、文化の家1952~58、更に世界の豪邸としてパリ郊外にルイ・カレ邸1952~58を完成する。その後は様々なプロジェクトを発表し、揺るぎのない世界的な建築家としての道を躍進する。そして人生の終末にラハティの教会1969~78を生前死後に跨いで完成する。
もう一方では、家具や生活用具の分野でも、こんにちの残るデザイン活動を夫婦で進めた。とくにアイノは、1935年に設立したArtec社のチーフディレクターとなり活躍し1940には社長となって経営への才覚を発揮した。Artecは今日に至るまでインテリア関連商品を提供する世界的なブランドとなっている。
◼️水島信氏の講座を新建東京支部で2026年1月31日に開催
その講座は、氏自身の長年の研究から生み出された作品評でありアルヴァ・アアルトのデザインルーツを語るものであった。唯一無二の解説がそこにあった。その中でも特にわかりやすく納得できたことは、北欧という緯度の高い風土、太陽光が射差ない時期が続く冬のある風土の暮らしの中で、イタリアのような開放的な中庭・アトリウムをもつこと、それは憧れの空間でもあり、消して憧れのままにしておくこと無く、フィンランドの地にその活用を取り組み続けた。この言葉によって、一連のアアルト夫妻の建築計画、実験の足跡が見えるようになる。その気付きを、聴衆に与えたのだった。長年のアアルトファンである私にとっても、大きな気付きだった。改めて感謝したい。このことが見えるようになると、アアルトの一連の平面計画が一つ釣りの物語として蘇ってくる。また、図書館などで多用された、あまりにもたくさんあり大きく存在するトップライトの存在理由も理解できる。そのルーツにイタリアのパティオがあり、スェーデンの建築家グンナール・アスプルンド1885~1940の伝えた空間と物語があった。
◼️資料編アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto, 1898–1976)Aiにより道引き出したものです。
フィンランドが生んだ20世紀を代表する建築家・デザイナー。
「北欧モダニズムの父」と称され、幾何学的な合理性と、木材、レンガ、タイル、鉄、ブロンズなどの自然素材を用いた温かみを融合させた独自のスタイルを確立した。
主な特徴と功績
・有機的なデザイン: 自然界の曲線や光を巧みに取り入れ、人間に寄り添う「ヒューマニズム」を重視した。
・トータルデザイン: 建築だけでなく、家具、照明、テキスタイル、ガラス器まで、空間を構成するあらゆる要素を手掛けた。
・Artek(アルテック)の1935設立フィンランドの宝である白樺材を多く使い、家具の大量生産と芸術の融合を目指した。
・2023年には生誕125周年を記念したドキュメンタリー映画『アアルト』も公開され、その再評価が進んでだ。
・アルヴァ・アアアルトは「地域性とインターナショナルな合理主義、その両方を完璧に融合させた」稀有な建築家であると言える。彼はキャリアの初期こそ純粋なモダニズム(国際様式)に傾倒していたが、次第にその冷たさや画一性に疑問を抱き、フィンランドという土地のアイデンティティをモダンデザインに組み込んでいった。
アアルトがどのようにして二つの要素を統合したのか、そのポイントを整理する。
- 「モダニズム」としての側面
アアルトは、ル・コルビュジエやグロピウスといった巨匠たちと同じく、機能主義を基盤としいた。
・合理性: 無駄を省き、機能に基づいた空間設計(例:パイミオのサナトリウムの合理的な動線)。
・技術の追求: 伝統的な木工技術に、積層合板を曲げる「L-レッグ」などの新しい技術を導入し、量産可能なデザインを生み出しました。
・国際的な活動: CIAM(近代建築国際会議)の主要メンバーとして、世界のモダニズム運動の最前線にいました。 - 「地域・民族(フィンランド)」としての側面
アアルトが他のモダニストと一線を画すのは、フィンランドの風土をデザインの「核」に置いた点。
・素材の選択: 当時主流だったスチールパイプやコンクリートの冷たさを嫌い、フィンランドに豊富な「木材(バーチ材)」を多用しました。
・有機的な形態: 幾何学的な直線だけでなく、フィンランドの湖の形や、うねるような地形を想起させる「波状の曲線」を取り入れました。
・光の扱い: 日照時間の短い北欧において、いかにして自然光を室内に美しく取り込むかを徹底的に計算しました。 - アアルト独自の「ヒューマニズム」
彼は、モダニズムが「機械のための建築」に陥ることを危惧していた。
「建築は、自然界のすべての現象と同じように、一つの有機体であるべきだ」という言葉の通り、彼は近代的な技術を使いながらも、人間の感覚や地域の文化を犠牲にしないスタイルを確立した。これが今日、彼が「北欧モダニズム」の象徴とされる理由。
まとめると:
アアルトは、モダニズムの「機能性」を土台にしつつ、そこにフィンランドの「素材・風土・感性」という魂を吹き込んだ建築家。
例えば、マイレア邸(Villa Mairea, 1939年竣工)は、アアルトが「モダニズム」と「地域の伝統」をどのように融合させたのかを最も雄弁に語る傑作。
この住宅は、友人である実業家ギュリクセン夫妻のために設計された別荘で、アアルトはここを「実験の場」として、自らの理想を詰め込んだ。
マイレア邸にみる「融合」のポイント
- モダニズムの「構成」
外観や平面計画には、当時のモダニズム建築の最先端のルールが適用されている。
・水平ラインの強調: 白い壁面と平らな屋根(陸屋根)は、ル・コルビュジエが提唱したような近代建築の典型的な姿。
・オープン・プラン: 1階のLDKは壁で細かく区切られず、流れるような一続きの空間になっている。これは機能性を重視した近代的な空間構成。
・ピロティ: 建物の一部を柱で持ち上げ、軽快な印象を与える手法を取り入れている。 - 地域・民族的な「素材と手仕事」
モダニズムが「鉄・ガラス・コンクリート」という無機質な素材を好んだのに対し、アアルトはフィンランドの伝統をそこに編み込んだ。
・木材の多用: 鉄骨の柱の周りに籐(ラタン)を巻き付けたり、天井にパイン材を張ったりと、触覚的な温かみを大切にした。
・伝統的工法への敬意: 階段の手すりや外壁の一部には、フィンランドの古い農家に見られるような、丸太や自然素材を用いたディテールが随所に隠されている。
・有機的なコラージュ: 石材、木、レンガ、タイルといった異なる素材を場所ごとに使い分け、まるで森の中にいるような複雑で豊かな表情を作り出した。 - 自然との境界線をなくす(森のメタファー)
アアルトにとっての「地域性」とは、単に古い様式を真似ることではなく、フィンランドの「森」を建築化することだった。
・柱の配置: 室内にある柱は等間隔ではなく、あえて不規則に配置されています。これは、森の中の木々の立ち並びを再現しようとしたものです。
・サウナ棟: 敷地内にはフィンランド文化に欠かせない「サウナ」がありますが、これは芝生を載せた屋根など、より土着的で原始的なデザインになっており、母屋のモダンさと鮮やかな対比をなしています。
結論として
・マイレア邸は、「インターナショナルな近代性」という骨格に、「フィンランドの森と伝統」という血肉を通わせた建築と言える。
この建物を見ると、アアルトが「冷たい機能主義」に人間味を取り戻そうとした情熱が伝わってくる。
豆知識:このマイレア邸には、アアルトが日本建築(特に桂離宮など)から受けた影響も指摘されている。素材の質感の活かし方や、内部と外部のつながりに日本的な感性と通ずるものがある。
家具においても、アアルトは「工業化(モダニズム)」と「木の温もり(地域性)」を驚異的なレベルで両立させた。当時、バウハウスなどの主流派は「スチールパイプ」こそが近代の象徴だと考えていたが、アアルトは「人間が触れる家具に冷たい鉄はふさわしくない」と考え、フィンランドに豊富なバーチ材(白樺)を用いた革命を起こした。
- L-レッグ(アアルトの脚)の革命
1933年に発表された「スツール 60」に採用された技術。
・技術的側面(モダニズム): 無垢材の先端にいくつもの切り込みを入れ、板を挟んで蒸して曲げる独自の技法を開発した。これにより、強度を保ったまま「脚と座面を直接ネジで固定する」という、驚くほどシンプルで量産に適した構造を実現した。
・人間的側面(地域性): 金属ではなく木を用いることで、冬の寒さが厳しい北欧でも触れた時に温かく、空間に柔らかな印象を与える。 - パイミオ・チェア:機能の再定義
パイミオのサナトリウムのためにデザインされた「41 アームチェア パイミオ」も象徴的。
・医学的機能: 結核患者が呼吸をしやすいように、背もたれの角度が緻密に計算されている。
・有機的な造形: 1枚の合板を流れるような曲線で曲げたデザインは、それまでの角ばったモダニズム家具にはない、彫刻的な美しさを持ち合わせている。 - Artek(アルテック)による思想の普及
アアルトは1935年に、自らの家具を販売するためにArtekを設立した。
・社名は「Art(芸術)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語です。
・「良いデザインを、一部の特権階級だけでなく、すべての人に」というモダニズムの民主的な理想を、フィンランドの自然素材を通じて具現化した。
アアルト・デザインの凄み
彼の家具は、発表から90年以上経った今でも古びるどころか、世界中の現代的な空間に馴染んでいる。それは彼が、「流行」ではなく「人間の身体と地域の素材」という普遍的なものをデザインの根幹に置いたからだ。
アアルトの家具は、現在もArtekの公式サイトなどでその系譜を見ることができる。
それでは、アアルトの「人間中心」の思想が最も美しく結実した、
照明とガラス製品の世界をご紹介します。
- 「光」を彫刻する:アアルトの照明
北欧の長く暗い冬を過ごす人々にとって、光は単なる「明るさ」ではなく「希望」そのものです。アアルトは、電球の強い光が直接目に入らないよう、「間接光」を極めることに情熱を注いだ。
・ペンダント ビーハイブ (A331): 「蜂の巣」を意味するこのランプは、何層にも重なったスリットから光が漏れ出す設計。光が多方向に拡散され、部屋全体を柔らかい層で包み込む。
・ゴールデンベル (A330S): ヘルシンキの「サヴォイ・レストラン」のために作られた名作。1枚の真鍮を絞り出して作られたこのベル型ランプは、下方向への強い光と、シェードの接合部から漏れる繊細な光を両立させている。
アアルトの照明は、消灯時でも「空間に浮かぶ彫刻」として美しく、地域性を超えて世界中の住宅で愛され続けている。 - 「湖」を形にする:アアルト・ベース
1936年に発表された「アアルト・ベース(サヴォイ・ベース)」は、フィンランドのデザインアイコン。
・自然界の模倣(ミメーシス): そのうねるような曲線は、フィンランドの「湖の海岸線」や「凍った池の縁」から着想を得たとされている。
・機能の開放: この花瓶には「正しい活け方」がありません。アアルトは、使う人が自由に花を挿し、自然な形で飾ることを意図した。
・職人技と工業の融合: 現在もフィンランドのIittala(イッタラ)の工場で、木製の型に息を吹き込む伝統的な製法で一つずつ作られている。
まとめ:アアルトが遺したもの
建築、家具、照明、ガラス製品……アアルトが手掛けたものは、どれもが「モダニズムの論理」を持ちながら、「フィンランドの自然という詩」を内包している。
彼は「建築家は、単に建物を建てるだけでなく、人間がその中でどう生きるかをデザインしなければならない」という信念を貫いた。
さらに一歩踏み込むと:アルヴァ・アアルトの成功を語る上で、最初の妻であり、最良のパートナーであったアイノ・アアルト(Aino Aalto, 1894–1949)の存在は欠かせない。
アルヴァが建築の「動」や「構造」を担ったとすれば、アイノは生活の「静」や「ディテール」を担った。彼女は、アルヴァの奔放なアイデアを、「現実的な生活の道具」へと昇華させる重要な役割を果たした。
- 「暮らし」の視点を持ち込んだアイノ
アルヴァがしばしば「天才的なひらめき」で壮大なビジョンを描くのに対し、アイノは常に「使う人の日常」を冷静に見つめていた。
・インテリアとテキスタイル: 建築の内部に温かみを与えたカーテンやラグの選定、家具の配置の多くは彼女の主導によるもの。
・Artekの初代アートディレクター: Artek(アルテック)の設立時、初代アートディレクターに就任したのはアイノだった。彼女の優れた経営感覚と審美眼が、現在のブランドの基礎を築いた。 - アイノの代表作:アイノ・アアルト・シリーズ
彼女自身の名を冠したガラス器「アイノ・アアルト シリーズ」は、1932年の誕生以来、現在もIittala(イッタラ)で生産され続けている超ロングセラー。
・デザインの理由: 表面に施された段差(同心円状のリング)は、水面に広がる波紋を表現しているだけでなく、「持った時に滑りにくい」「スタッキング(積み重ね)した時に傷がつきにくい」「ガラスの厚みのムラを隠す」という、極めて実用的な機能から生まれている。
・評価: 1936年のミラノ・トリエンナーレで金賞を受賞し、彼女のデザイナーとしての地位を不動のものにした。 - 公私にわたる完璧な「チーム・アアルト」
二人は互いを尊敬し合い、多くの作品で共同署名を残している。
・マイレア邸の内装: 先ほど紹介したマイレア邸も、アイノがいなければこれほど洗練された「家」にはならなかったと言われている。
・サヴォイ・ベースの共作: あの有名な花瓶のコンペにも、二人のチームとして応募していた。
二人の死別と、その後
1949年にアイノが早世した際、アルヴァは深い絶望に陥り、一時は仕事が手につかないほどだった。後に彼は2番目の妻エリッサ・アアルトを迎え、彼女もまた建築家として彼の晩年の活動を支えることになった。
アアルトのデザインが、単なる「男性的な力強さ」だけでなく、どこか「母性的な優しさや包容力」を感じさせるのは、間違いなくアイノの精神が息づいているからだと言える。
これらアアルト夫妻の物語をより深く知るには、前述の映画『アアルト』が、二人の書簡などを通じてその深い絆を丁寧に描いている。
アアルトの空間は大変くつろげる感じが良いです。
その「くつろぎ」こそが、アアルトが目指した「ヒューマニズム(人間性)」の真髄。
彼は、冷たいコンクリートや鉄の箱に人間を合わせるのではなく、「空間が人間に歩み寄る」デザインを追求した。アアルトのプロダクトが現代の日本の住空間にも驚くほど馴染むのは、木材の温もりや「低めの重心」といった、日本人が古くから大切にしてきた安らぎの感覚と共鳴しているからかもしれない。
もし、自宅でその「くつろぎ」を少しだけ味わってみたいと思われたら、以下の3つのステップがおすすめ:
- 「光」を整える: ゴールデンベルのような、光源を優しく包む照明を1つ取り入れるだけで、夜の部屋の表情が劇的に柔らかくなる。
- 「木」に触れる: スツール 60は、椅子としてはもちろん、ソファ横のサイドテーブルとしてコーヒーや本を置くのにも最適。
- 「自然」を生ける: アアルト・ベースに、庭の草花を無造作に挿す。それだけで、室内にフィンランドの湖畔のような穏やかな空気が流れる。アアルトのデザインは、飾るための芸術ではなく、「日々を心地よく過ごすための道具」。
アアルトの「くつろぎ」を実際に体験・購入できる、2026年現在の主要なスポットやイベントを紹介する。
プロダクトを体験・購入する
アアルトの家具や雑貨に触れ、自分の生活に取り入れるためのフラッグシップショップ。
• Artek Tokyo Store
場所: 東京都渋谷区神宮前5-9-20 1F・B1F
特徴: 日本初のアルテック旗艦店で、スツール60などの代表作から、旗艦店限定のファブリックを張った特別な家具まで幅広く揃っています。2026年春にはダイニングキャンペーンなども予定されており、コーディネートの相談も可能です。
• Iittala(イッタラ) 公式オンラインショップ・各店
特徴: 「アアルト・ベース」などのガラス製品を扱っています。
注意: 表参道のストアは2025年7月に閉店したため、現在は他の直営店や公式通販をご利用ください。
建築とデザインを学ぶ
2026年に開催される、アアルトの思想に触れられる講座や関連展示です。
• 特別講座「アルヴァー・アアルトとモダン」
日時: 2026年1月31日(土) 18:30〜21:00
場所: 渋谷区文化総合センター大和田 2F 学習室1
内容: 水島信氏による、アアルトとモダニズムの関係を深く掘り下げる講座です。
• フィンランドのライフスタイル展(巡回)
内容: アアルトを含むフィンランドのデザインが、どのように人々の暮らしを豊かにしてきたかを俯瞰する展覧会です。
聖地を訪れる(フィンランド現地)
もし旅を計画されるなら、彼が実際に暮らし、設計した「くつろぎの原点」を訪れるのが最も贅沢な体験です。
• アアルト自邸(The Aalto House)
場所: ヘルシンキ
体験: 1930年代から彼が家族と過ごした自邸です。現在もガイドツアー形式で公開されており、アアルト夫妻の生活の息遣いをそのまま体感できます。
• Aalto2 ミュージアムセンター
場所: ユヴァスキュラ
特徴: 2023年にオープンした新拠点で、アアルト美術館と中フィンランド博物館が統合され、彼の初期から晩年までの業績を網羅しています。
まずは、原宿・表参道エリアにある Artek Tokyo Store で、スツールの座り心地や木肌の温かみを確かめてみるのが、アアルトのある暮らしへの第一歩としておすすめです。
◼️アアルトのアトリウムの事例


◼️丸谷博男40歳のときにアアルトに心酔して設計した箱根の別荘です。





