要請書のダウンロード⇒ 神宮外苑再開発事業要請書 230308提出
2023年3月8日
東京都知事 小池 百合子様
東京都議会議長 三宅 しげき様
東京都環境影響評価審議会会長 柳 憲一郎様
神宮外苑再開発事業の施行認可の撤回及び環境影響評価の
継続審議に関する要請書
明治神宮外苑の再開発の再考を願う建築・造園・都市計画の専門家有志
石川幹子(東京大学名誉教授)
◎糸長浩司(元日本大学教授)
岩見良太郎(埼玉大学名誉教授)
大方潤一郎(東京大学名誉教授)
原科幸彦(千葉商科大学学長)
藤本昌也(日本建築士会連合会名誉会長)
若山徹(新建築家技術者集団会員)
(◎有志代表)
東京都小池都知事及び東京都環境影響評価審議会には神宮外苑再開発事業に関して、施行認可の撤回及び環境影響評価の継続審議をしていただきたく、ここに、建築・造園・都市計画の専門家としてお願い申しあげます。
神宮外苑再開発事業は、この間の状況を鑑みると、市民及び東京都住民、専門家の十分な参加を保障する行政的手続きが進められていません。都市の改変はそこに暮らし、生活する都市住民の意思を尊重して進められるべきです。残念ながら現在の神宮外苑再開発による改変は、この理念を無視したものとなっています。
神宮外苑は長い歴史的経緯の上に、現在の東京の核となる自然的、文化的、景観的な価値ある環境であり、国内外を含めた人々の憩いの場であり、交流の場であり、歴史を感じる場となってきました。この貴重な宝物の環境、空間の改変に関しては、多くの都民、市民の賛同なくして実現すべきではありません。
多くの都民、国民、団体からこの事業への見直しの請願や要望が都知事には届いている中で、突然の施行認可は到底許されません。私たちは、建築・造園・都市計画の専門家として、下記の視点から本事業の見直しを決断することを求めます。
1. 東京都心の核としての緑地空間の保全
神宮外苑は東京都内の核となる緑地空間であり、その保全と維持は東京の都市空間の要として維持されるべきです。今回の事業にかかわる建国記念文庫の森や4列の銀杏並木の保全は国民の願いであると考えます。
2. 一世紀にわたり継承されてきた日本最初の風致地区の歴史的価値
神宮外苑は、大正15年9月に、日本で最初の風致地区(内務省告示134号)として指定され、都市における自然環境を守り文化的景観を育む制度として歴史を刻んできました。指定面積は、令和3年4月1日現在、274㏊となっています。風致地区制度は、その後、全国に展開され765地区で170,105.7haの指定となっています(平成29年3月31日現在)。風致地区の嚆矢である神宮内外苑の歴史的意義は極めて高いものがあり、遺産的価値のある空間として、風致地区制度の原点を踏まえて維持されるべきです。
3. 歴史的価値ある建築の改修による保全
神宮球場、秩父宮ラグビー場は、スポーツマンや愛好者の聖地であり、関係者の尽力により建設されました。また、歴史的建築物としての価値を有しており、現在の要求に応える的確な改修により十分に魅力的な建物として使用可能です。既に新建築家技術者集団東京支部が改修提案も具体的に提示しています。建物周囲の緑地環境との関連性を深める総合的なランドスケープデザインにより、より魅力的な空間にしていくことも可能であり、全面的な移転、建て替えを行う必要はありません。
4. 都市防災拠点の縮小
神宮外苑は関東大震災においては貴重で大規模な避難場所となりました。現在も東京の貴重な避難場所としての価値を有し、今後想定される東京大災害に際しても貴重な避難空間です。ここで再開発事業が実施されれば、この避難場所としての価値は薄められ、かつ、この区域での昼夜間人口が増大するため、周囲からの避難者を受けいれる余裕はなくなると思います。都市再開発により貴重な都心の避難空間が失われることになります。トルコ、シリアでの大地震は、命を守る防災拠点の整備が、都市計画の基本であることを示しています。
5.「公園まちづくり」及び再開発等促進区の非民主的な決定プロセスによる公共空間の破壊
東京都は2013年に作成した「東京都公園まちづくり制度実施要綱」の「公園まちづくり制度」を神宮外苑地区に適用し、都市計画公園区域に再開発等促進区を定める地区計画を定め、しかも都市計画公園区域の一部を都市計画公園区域から除外した上で、そこに超高層事務所ビル等を建てることを可能にする都市計画を知事決定してきましたが、これら一連の手続きは、民主的で透明な都市計画決定手続きとはいえません。
また、今回の再開発等促進区を定める地区計画の適用については、適用地区の要件(都市計画法第12条の5第3項)に違反している疑いがあります。今回の再開発等促進区が定められた区域は、「土地の利用状況が著しく変化しつつ」ある地域、「土地の合理的かつ健全な高度利用を図るため・・・公共施設を整備する必要」がある土地の区域に該当するとはいえません。
都市計画公園は多元的な価値を有し、市民にとっての貴重な公共空間です。この公共空間の制度的除外を含めた見直しに関しては、広く市民の声を聞いて決定すべきです。にも関わらず、東京都、所有者、事業者による一方的な見直しの決定プロセスとそれに関する情報の現段階での不十分な開示状況は、非常に問題です。公園未供用区域として扱われているラグビー場とその敷地は、実態としては公園施設としての機能を果たしてきています。その機能をより充実させるためには、現在のラグビー場周辺の閉鎖的空間を開放的な空間に改善することで可能であり、この区域を再開発する必要は全くなく、この区域が未供用区域であるとして神宮外苑地区に「公園まちづくり制度」を適用することは、制度の趣旨を逸脱した誤用と言わざるを得ません。
6. 都市公園区域での容積移転による再開発の問題
今回の地区計画では、都市計画公園区域外の敷地において超高層ビルの建設を可能にするために容積再配分がなされています。知事の許可を受けた公園施設しか建てられない都市計画公園区域内の土地について、用途地域による指定容積率を土地に付随した開発権であるとみなして、その容積率の一部を公園区域外の土地に移転することは、適切な都市計画の運用といえません。容積移転制度とは本来、緑地や歴史的建造物を開発から護り保全するために、その敷地の未利用容積を他の敷地に有償で譲渡する制度です。これらの点についても、都市計画審議会で十分な説明と審議がされていないことは大きな問題です。
また、こうした都市計画公園区域に対する都市計画の不適切な運用が前例となり、全国的に一般化することにより、貴重な公共空間である都市計画公園区域とその周辺地域の自然、環境、景観の破壊が進むことを憂えます。
7. 環境影響評価情報の公開と適正で公正なプロセス
この間の東京都環境影響評価審議会に事業者が提出した評価書に関しての疑義が市民や日本イコモス国内委員会から提示され、審議会においても異例の対応により評価書の審議が継続しています。しかし、事業者からはまだ疑義に対する回答、対応が皆無となっています。日本イコモス国内委員会から指摘された環境影響評価書における非科学的対応に基づく「虚偽の報告、資料の提出」については、東京都環境局同席の下に、協議の場を持つという2月上旬からの約束を、すべて反故とし、独断で審議会への報告を行うとの通知がありました。東京都知事は、都環境影響評価条例第91条第1項第5号の規定に基づき、環境審議会の決定を尊重し、事業者に対して誠意ある回答と評価に関する科学的情報の開示について強く指導をしていただきたくお願い申し上げます。環境影響評価の基本は適正な科学的客観的情報の開示です。この基本的理念を踏みにじるような事業者の行為は決して許されるものではなく、この異常事態ともいえる状況が継続することは、東京都における環境行政、都市計画行政においても大きな禍根を残すものになります。
8. 東京都環境影響評価システムの見直し
全国に先駆けて、東京都が環境影響評価条例を制定したことには敬意を表します。制定後の現在において、制度とその運用には限界に見えています。企画・構想段階でのアセスを必須とし、市民への情報開示、市民討議の場の設定、第三者評価機関による建築デザイン、ランドスケープデザインの専門的チェック等の仕組みの追加が望まれます。アセス対象についても現在の規模設定ではなく、小規模な市街地再開発への適用も必要です。また、都民にとって貴重な空間の改変を伴う再開発に関しては、より積極的に環境影響評価を企画・構想段階から実施することは必要です。
また、現段階の環境影響評価項目でのCO2排出に関しては、建設時を含まない建設後の運営段階でのCO2排出削減であり、今、急ぐべきCO2排出削減には貢献せず、逆に東京都での排出量を増加させ、地球温暖化を促進するという矛盾を抱えた環境影響評価となっています。さらに、運用後に関しても計画床面積を元にした基準の建築と比較しての仮想の削減率であり、実質は床面積が増大している分、絶対排出量は増加するという矛盾があります。
9. 東京の都市再開発事業による膨大な建設時CO2排出問題
膨大なCO2を排出してきた日本、大都市東京は、率先してCO2排出削減を図ることが国際的義務であり、未来世代に対する責任と思います。
一方で、東京都は大規模な市街地再開発事業が目白押しで、スクラップアンドビルド型の都市再開発はCO2を大量に排出します。2030年までに半減が必要な時に、CO2を大量に排出する都市再開発は極力制御し、都市防災等にとっての必要な建設や土木工事に限定していくことが求められます。
ちなみに、神宮外苑再開発事業での建設延べ床面積は約56.5万m2であり、56.5万トンのCO2排出で、10年間事業とすると5.65万トン/年であり、これを吸収するには0.64万ha森林面積(東京の森林面積の8%)が必要です。また、貴重な樹木の伐採により神宮外苑の敷地内でのCO2吸収も削減され、二重の意味でのCO2排出となります。
以上、9点において、神宮外苑再開発は建築・造園・都市計画における重大な問題を抱えた大規模再開発です。都知事と東京都は施行認可を撤回し、再度、本再開発事業に対しての一連の手続きを検証し、その情報を広く都民に開示し、神宮外苑地区の今後の維持と整備の在り方について、広く論議の場を設定することを求めます。
以上