津波避難ビルは“安全地帯”か、“孤島”か
津波避難ビルは、津波から一時的に身を守るために設けられた避難場所です。災害時には命を守る最後の砦とも言える存在ですが、「逃げ込んだその先」で待ち受ける現実について、私たちはどれだけ想像できているでしょうか。
そこは文字どおり“仮の場”であり、水も食料もないまま、閉ざされた空間に取り残される可能性もあります。建物自体は高くて丈夫でも、逃げ込んだ先が安全で快適である保証はどこにもありません。鍵がかかっていて入れなかったり、管理者不在で混乱が起きたりする例も全国で報告されています。
避難ビルは確かに“高い場所”ですが、“安心できる場所”とは限らないのです。
熊本地震が教える「避難後にこそ危機がある」
この問題を強く意識させられるのが、2016年の熊本地震です。多くの人が揺れからは命を守ることができましたが、実はその後の避難生活によって関連死した人の数が、直接死を大きく上回ったことをご存じでしょうか?
熊本県の発表によると、直接死は50人未満だったのに対し、災害関連死は200人以上にのぼりました。その多くは、避難生活による疲労や持病の悪化、感染症、ストレスなどが原因です。
つまり、「助かった」のあとに、「命を落とした」が続いたのです。避難できたことがゴールではなく、そこから始まる数日間の暮らしこそが、命を左右する局面だったのです。
津波避難ビルもまた、この「避難後の時間」をどう過ごすかを無視していては、熊本と同じことが起こりうるのです。
現場で起きた、ある“あるある”話
沿岸地域での防災訓練では、避難ビルへの避難が盛んに行われています。しかし、実際の災害時には「入れなかった」「鍵がかかっていた」「ビルの住民とトラブルになった」といった“避難ビルあるある”が発生しています。
とある町では、避難訓練で毎年使っていたビルに、いざという時に入れず、近隣の人々がパニックに陥ったという報告もあります。別の地域では、「うちの会社のオフィスだから入らないで!」といったトラブルになったケースも。
避難ビルは制度上「指定」されていても、受け入れ体制が整っていなければ、機能しないのです。
トイレ、食料、情報…ライフラインの盲点
災害時に必要なものは、何も津波からの「高さ」だけではありません。避難先でのトイレ、水、食料、情報――これらすべてが命に直結します。
熊本地震でも、「車中泊を強いられた高齢者がエコノミークラス症候群で亡くなった」ケースが多数報告されました。背景にあるのは、安心して休める空間がなかったことです。
避難ビルにトイレがあるのか、雨風をしのげる屋上か、電波は届くのか。これらを確認せずに“避難場所”としてだけ捉えていては、危険なのです。
日常的に避難ビルを訪れたり、備品の有無を確かめたりする習慣があるだけで、避難後の状況は大きく変わってきます。
行政はどこまで準備しているのでしょうか
一部の自治体では、避難ビルに非常用トイレや水、ラジオなどを配備したり、民間ビルと災害協定を結ぶなどの取り組みを行っています。しかし、これらはまだまだ少数派です。
多くの市町村では「避難ビルの指定」で終わっており、避難後の生活を支える体制までは整っていません。熊本地震のように、「助かったのに亡くなる」人を出さないためには、こうした“避難後”の支援策が不可欠です。
「災害関連死を防ぐ」という視点から見ると、避難ビルの在り方そのものが見直されるべき時期に来ています。
コミュニティの力が生死を分けます
どんなに高性能な建物でも、それを使うのは人です。そして、支え合うのも人です。避難した先で、誰が助けてくれるのか。誰が手を貸してくれるのか。答えはコミュニティの中にあります。
熊本地震の際にも、地域で日頃から顔見知りだった人々は、自然に助け合い、物資や情報を分け合うことができたという報告があります。一方で、日頃からつながりがなかった場所では、孤立死や避難ストレスが深刻だったとも言われています。
防災とは「制度」や「施設」ではなく、「人間関係のインフラ整備」でもあるのです。
「避難のその先」を日常で描くために
私たちは「どこに逃げるか」ばかりを考えがちですが、これからは「逃げたあと、どう生き延びるか」も日常の中で描いていく必要があります。
家族で避難ビルに一度行ってみて、階段の数やトイレの場所、屋上の様子を確認する。管理者が誰かを知っておく。こうした小さな行動が、大きな安心につながります。
熊本地震の教訓は、「災害は避けられても、避難生活は命取りになることがある」ということでした。だからこそ、津波避難ビルに“逃げたあと”の話を、もっとオープンに、日常の中で語り合っていきたいものです。
新建会員の地域における役割
新建築家技術者集団は、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、そして能登地震等の地震災害に建築技術者として対峙してきました。ですが今住んでいるその地域で、私たちは防災のコアとして活動できているでしょうか。
web.Mでは、私たちが「生活者のための建築とまちづくり」の視点から、地域防災に寄与できることは何なのかを取り上げていきたいと考えています。