焦点/住宅借り上げ制度/民間貸賃、支援格差
【河北新報110618】東日本大震災の被災者向けに自治体が民間賃貸住宅を借り上げる制度をめぐり、宮城県内で申請時期により格差が生じている。エアコンなどの付帯設備では、県と国との認識のずれから方針が二転三転したためだ。家賃負担では、岩手、福島両県と比べ対応に違いも出ている。(村上俊)
◎設備・家賃、申請時期で明暗
仮設住宅をめぐっては、「生活に不便」「いつ入れるのか分からない」などの理由で、民間の賃貸住宅に希望を切り替える被災者が続出している。宮城県によると、民間賃貸住宅借り上げ制度の申請件数は16日現在、約1万1500件に上っている。
借り上げ住宅には、仮設住宅と同様、生活必需品が事前に準備されるが、県内では申請時期によって設備に差が出る事態となった。
県は4月22日、ガスコンロ、照明器具、カーテン、冷暖房機、給湯器を付帯設備として準備するよう市町村に伝えた。その直後には厚生労働省から指導を受けたとして方針を転換、冷暖房機と給湯器を対象から外した。
ところが、厚労省は5月30日、付帯設備を仮設住宅に標準的に設置されているものと同じにするよう通知。県は同日以降、二つの設備も加えるように改めた。
国は通知について「方針は変えていない。被災地の意向もあり、明確化した」と説明する。県は「4月の時点では、エアコンなどの公費負担は難しいと聞いた」とし、見解は食い違う。
被災者名義で契約した後、仮設住宅として県名義に切り替えた場合の家賃負担でも、国と県の認識にずれがある。
厚労省は4月30日付で名義を替えた物件も対象にすると通知した。県はこれを受け、震災当日の3月11日から4月30日までに被災者名義で契約した分を、5月1日付で県名義にしており、3月と4月分は被災者が支払うことになった。
厚労省は「契約が個人から県に切り替わった時点で、災害救助法の適用対象となる。その時期は自治体の判断」とし、さかのぼっての契約変更は可能との考えを示す。
岩手県は、賃貸借契約日の遡及(そきゅう)適用を実施。福島県は国の動きを待たず、入居日にさかのぼって家賃を公費負担とする独自の特例措置を設けた。
これに対して宮城県は「財政的措置が担保されないと難しい」として、あくまで国に救済措置を求める考えだ。
◎不動産業者、困惑/重い初期負担、手数料は半額
賃貸住宅の借り上げ制度では、自治体や物件所有者と被災者との間に立つ不動産業界も困惑している。
全国賃貸住宅経営協会宮城県支部によると、震災以降、仙台圏の賃貸物件は不足気味。仙台市などは借り上げ申請受け付けを締め切ったが、支部の専用窓口には連日40件程度の電話が寄せられ、対応に追われている。
今野幸輝支部長は「制度の人気に加え、復旧工事の関係者らの需要もあり、物件は枯渇しつつある。希望が多いファミリー向けは9割以上が埋まった」と話す。
県宅地建物取引業協会は「震災前の自宅近くへの希望が多い中、被災地域に入居可能な物件は少なく、ミスマッチを招いている」としている。
借り上げ制度は、貸主の了解を得られることが前提となる。貸主が20万円を上限に費用を立て替えて付帯設備を準備することに加え、業者の仲介手数料は通常の半額に設定されている。
仙台市の不動産業者は、被災者の生活再建に協力は惜しまない意向だが「借り上げ制度の物件を扱えば扱うほど初期の費用負担が増えるのに、収入は少ない。被災した物件も多く、経営は厳しい」と打ち明ける。
◎急いで…多額出費/生活再建、制度後手に/初期家賃や家財、自腹
東日本大震災の被災者支援で導入された「民間賃貸住宅借り上げ制度」は、被災者が制度の支援を十分に活用できなかったり、前提となる不動産業者の承諾を得にくかったりする問題が表面化している。スムーズに制度を利用できなかった被災者は、不公平感を抱きながら、生活再建の第一歩を踏み出さざるを得なくなっている。
「家も仕事も失い、困っているのは皆同じ。家を借りた時期で支援に差が出るのはおかしい」
宮城県南三陸町から避難した堀内裕美さん(45)は不公平感を訴える。
震災前は町役場近くで飲食店を経営。店舗兼住宅を津波で流され、登米市内の借家に一家5人が暮らす。
20年近く空き家だったため、貯金をはたいて改装し、家電をそろえた。
テレビアンテナやガスメーターなどの工事や補修に約20万円。冷蔵庫や電子レンジなど最低限必要な家電とガスコンロ、カーテンなどは約20万円で買いそろえた。
仮設住宅は申し込まなかった。「本当は地元を離れたくなかった。でも、どこにいつ建つのかも分からず、待っていられない」。震災当時中学2年の長女は4月から受験生、長男は小学校入学を控えていた。3月下旬に登米市に引っ越した。
県の借り上げ制度を知人から教えられ、手続きをしようと、登米市の総合支所を訪ねたのは5月上旬。洗濯機、冷蔵庫など生活家電6点が支給される日本赤十字社の寄贈事業や、さまざまな支援策も説明された。
「初めて聞いた話ばかりだった」。すでに引っ越して1カ月以上。必要な物はあらかた自力でそろえてしまった。しかも借り上げ扱いになるのは5月1日以降で、それ以前の家賃は自己負担になるという。
せめて費用補助はないものかと懇願したが、「そんな制度はない」と、つれない返事。収入が激減する中、堀内さんは避けることができた多額の出費を悔やんだ。
仙台市青葉区の自営業男性(48)は、住んでいたマンションが大規模半壊で立ち入り禁止となり、県外に一時避難した。
仙台に通い、転居先を探していた4月下旬、借り上げ制度を新聞で知り、意中の物件が対象となるか確かめようと市役所を訪ねた。
妻と2人暮らしで3LDK、家賃約7万円。「間取りは県の示した目安を超えているが、家賃は範囲内なので、申請してみては」と市職員。物件を管理する不動産業者と家主に自分で承諾を得てほしい、と説明された。
対応した業者は「国などから詳しい説明がないまま制度が始まった。困っている」と苦渋の表情を浮かべた。所有者は県外在住とも伝えられ、「手続きに時間がかかる」と難色を示された。借り上げ制度にこだわっていると、入居を断られかねないと判断し、全て自己負担で借りることにした。
男性は「やっと見つけた物件だったし、早く生活を立て直したかった。でも、借り上げ制度がこれほど使いにくいとは思いもしなかった」と話している。
[民間賃貸住宅借り上げ制度]被災者が入居する民間賃貸住宅を県が借り上げ、仮設住宅扱いで提供する。被災者が自ら契約した住宅も一定の条件を満たせば認める。災害救助法に基づく制度で、入居期間は2年間。