【読売新聞120118】仮設住宅の窓越しに、北上山地の雪化粧が迫る。正月、柳下八七さん(61)は年の瀬にようやく入った4畳半の畳の上で足を伸ばした。
岩手県住田町に、地元産気仙スギが新しい木造一戸建てが並ぶ。三陸海岸から30キロ離れ、津波被害を免れた町が、沿岸自治体の被災住民のために町予算で建設した「町営」仮設住宅だ。
都道府県が被災自治体内にプレハブ式集合住宅を建設し、国費で負担する――。
国が決めた「公認」仮設住宅のルールをことごとく破って、多田欣一町長(66)が建設を決めたのは東日本大震災3日後。「法や規則に従うと時間がかかり、被災者を救えない」。専決処分で93戸分の建設費約3億円を予算化。1か月半後の2011年4月25日に第1号が完成した。雪国仕様で断熱材を組み込んだ。
一方、公認分は8月まで完成がずれ込み、入居後に断熱材を補強する後手に回った。スピードも住み心地も、町営には及ばなかった。
「県が作ろうが、町が作ろうが、仮設に入るのは同じ被災者じゃないの」
仮設の自治会長を務める柳下さんは9月、県の担当者に抗議した。厚生労働省が仮設に無償提供を認めた畳について、県が町営を対象外としたのだ。
「災害救助法に基づく仮設ではない」が理由だった。
結局、県は町営を公認として事後承認した。「要望にこたえるための異例の措置」と、県の担当者は言う。柳下さんは「被災者を縛るのが法律か」と首をかしげる。
災害救助法と関連規定は、仮設住宅について1戸あたりの建設費約240万円、約30平方メートル以内と定める。法施行は、物資が困窮していた1947年。「平成の『最低限の生活』を保障できるのか。検証は必要だ」と、厚労省担当者は認める。
法の足かせを嫌い、民間主導の住宅復興に取り組む動きもある。
「仮設を壊して復興住宅を建てるのは時間がかかりすぎる」。工学院大(東京)の後藤治教授は、避難所から仮設を経ないで一気に復興住宅に入居する生活再建プロジェクトに取り組む。
寄付を集め、宮城県石巻市の高台に10棟の木造一戸建てを建設している。1月中にも完成し、地元被災者に低家賃で賃貸する計画だ。
後藤教授は「民間資金を活用した復興住宅モデルだ」と話す。避難所から仮設住宅、復興住宅へ。法が一律に定めた「復興の常識」が揺らぐ。
法は災害に対応できているのか。硬直した制度が復興の足を止めていないか。
震災半年後、総務省消防庁は被災自治体と全国都道府県にアンケートを行い、現行法制度の課題を探った。
「復興に関する国と自治体の役割分担が明確でない」「大災害の応援体制に関する法規定を設けるべきだ」。自治体から国に109項目の宿題が突き付けられた。
「法制度を見直せるのは今しかない。課題を出し尽くしたい」と、内閣府防災担当の幹部は言う。内閣府が震災後に設けた研究会が、法改正に向けた論点整理を急ぐ。
研究会座長で京都大防災研究所の林春男教授は「どの課題も、見直しが小手先だけで終わった阪神大震災の積み残しだ」と話す。
「今回こそ、聖域のない見直しに切り込む」
被災者支援の網から漏れた、もう一つの「仮設」がある。みなし仮設住宅だ。
「独り暮らしで寂しい」。仙台市宮城野区の住宅街にある木造アパート6畳間で昨年12月上旬、古沢和子さん(69)が、被災者支援NPO法人「POSSE」の地元スタッフ、渡辺寛人さん(23)に漏らした。避難所からの引っ越しを手伝ってもらって以来、半年ぶりの再会だ。
アパート一室は、仮設住宅の代わりに、国庫負担で県が借り上げたみなし仮設。
阪神大震災当時は高齢者や障害者に限定された特例で139世帯にとどまった。東日本大震災では、プレハブ仮設の供給が追いつかず、厚生労働省は被災者が自力で民間賃貸住宅に入居した場合でも仮設扱いとした。
プレハブ建設を待つ必要がないうえ、格段に暮らしやすい。一気に広がった。
被災地で人口最大の同市では、プレハブ仮設1500世帯に対し、みなし仮設は5倍以上の8500世帯。全体でも仮設住民13万5000世帯の半分近くがみなし仮設の民間賃貸住宅で暮らす。被災者にとって生活再建の選択肢が広がった。
盲点があった。「見えない被災者」が生まれたのだ。
集まって建つプレハブ仮設と違い、点在するみなし仮設には救援物資や見守りといった支援が十分に届かない。行政は個人情報保護を理由に所在地を明らかにできないため、ボランティア団体は「支援しようにも、どこに被災者がいるのか見えない」と困惑する。
古沢さんは周囲に知人がおらず、隣人の顔もわからない。余震のたびに体がすくむ。こらえ切れず、市役所に手紙を書いた。〈このままでは、だれにも気付かれずに、孤独死してしまいます〉
見えない被災者について、厚労省は「居住環境は確保できている。自治体の福祉施策で対応してほしい」との立場だ。
市社会福祉協議会は昨年12月からみなし仮設を対象にした生活相談会を始めたが、参加者は1日平均2人。戸別訪問を続ける市は「目を行き渡らせるのは難しい」(市震災復興室)という。
みなし仮設を巡り、もう一つの盲点が浮かび上がる。
「家賃はどうなってるのか」。賃貸住宅2万5000戸を借り上げた宮城県。仮設住宅担当の電話回線は昨秋、家主や入居者の苦情でふさがった。
職員がふだん扱わない賃貸契約の事務処理に手間取り、ピーク時に約2万世帯分の家賃を滞納する一方で、昨年末には処理ミスによる5億円の家賃過払いが発覚した。県の担当者は「『想定外』は津波だけじゃなかった」とこぼす。
こうした混乱を踏まえ、民間賃貸住宅オーナーでつくる全国賃貸住宅経営協会(東京)は、災害時のみなし仮設の供給について、関係各省に協議を持ちかけた。
稲本昭二事務局長は「民間賃貸物件の2割は空室。プレハブより低コストで、すぐに被災者に住宅を提供できる。プレハブありきではなく、民間賃貸を活用した供給ルールや入居者対策を考えたい」と言う。
街に埋もれる見えない被災者をどう支え、次の大災害に何を生かすのか。
関西学院大の室崎益輝教授は指摘する。「生活復興まで見通した法律がないから、災害の度に想定外の『見えない被災者』を生み出してしまう。既存制度に縛られない被災者支援に向けた意識改革が必要だ」