【毎日新聞120101】東北地方に深い爪痕を残した東日本大震災。地震や津波、東京電力福島第1原発事故で故郷を離れた人たちは今も、慣れない土地で避難生活を続ける。都内でも震災直後から、こうした被災者を地域や個人で受け入れ、支援する動きが各地で広がった。また、被災地にボランティアなどで足を運び、人生観を変えた人たちもいた。そんな彼らのまなざしを通して、都会と被災地との間に生まれた新たな「絆」を見つめてみたい。【町田結子】
◇避難者に安心--八王子・長沼
昨年10月。八王子市長沼町の集会所に、クリーニング済みの冬物衣類が所狭しと広げられていた。こたつやストーブ、5キロに分けられた米も。町内で避難生活を送る人たちに使ってもらおうと、すべて町会が集めた物資だった。
「不安なことがあったら何時でも構わないから電話くださいね」
ストーブを手にした福島県いわき市の高久美智代さん(43)に、町会長の菱山寛治さん(61)が声をかけた。故郷で働く夫(36)と離れ、8月から小学1年の長男と避難生活を始めた高久さんは、その言葉がとても心強かった。
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長沼町にあるコニカミノルタの社宅マンションには昨年5~12月、宮城や福島の被災地から来た19世帯56人が入居した。避難所としての社宅は退去期限を今年3月末に控え、入居者にとっては慌ただしい生活が続く。そんな人たちを「少しでも支えたい」と願い、活動を続けるのが長沼町会(約990戸)だ。
入居が始まった昨年5月上旬。市役所の担当者から連絡を受けた菱山さんは他の町会役員と相談し、まずは自分たちの電話番号などを記した用紙を、避難してきた全戸を回って手渡した。同時に、避難生活でのニーズを的確に把握するため独自のアンケートを実施。「市内に親戚はいますか」「医療・介護は必要ですか」「相談したいことはありますか」--。取りまとめた結果をもとに、さっそく夏物衣類や日用品の提供を回覧板で全町会員に呼びかけた。町内の老人会や子ども会には「新しい町会員」を誘ってほしいと声をかけた。
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町会長の菱山さんは父の体調悪化をきっかけに10年ほど前、神奈川県平塚市から長沼町の実家に戻り、アパート経営の傍ら8アールほどの田や畑で米と野菜づくりをしている。04年から町会長を務める。若いころ、10年近く稲城市消防本部に勤務した経験があり、町会で自主防災組織も結成させた。「大災害が起きれば私たちもいつ他人のお世話になるか分からない」と避難者のことが人ごとに感じられず、支援を始めた。
昨年8月、福島県富岡町から避難している中島豊さん(78)が自転車で浅川河川敷を散歩中に道を間違え、30キロ以上離れた川崎市内の交番まで迎えに行った時のこと。ワンボックスカーの助手席に乗せた中島さんの長男久夫さん(53)が話し始めた。
中島さん親子は全域が原発事故の警戒区域になっている富岡町で米や野菜を作っていた。畜産農家からもらった堆肥(たいひ)を使うなど、こだわりの低農薬の作物は柔らかく食味もいいと評判で、遠方から買い付けに来る人もいる人気だった。20年かけて作り上げた田畑は今、高く伸びた草木が覆う。
「土が元通りになるまで20年はかかるでしょう」
自らも米、野菜を作っている菱山さんには切ない農家の気持ちはよく分かり、忘れられない言葉になった。そしてこう心に刻んだ。
「自分たちにできることは限られている。だからこそ、できる限りの支援のために地域で力を合わせよう」
◇お年寄り笑顔になれる場--みのり会
被災地の仮設住宅などでは高齢者の「孤立化」が課題となっている。多くの被災者が生活する八王子市長沼町では、地元の老人会が高齢の被災者に門を開き、慣れない土地で生活を始めたお年寄りが「笑顔になれる場」を作り出している。
昨年12月24日。同町の集会所で忘年会を楽しむ地元のお年寄りの中に、福島県楢葉町から避難している渡辺洋子さん(69)の姿があった。「今度、遊びにおいでね」。同世代の輪の中で、自然と笑顔がこぼれた。
忘年会を開いていたのは、同町の老人会「長沼みのり会」(約50人)だ。設立45年。会員は毎月の誕生会のほか、定期的に開くカラオケや手芸、輪投げなど趣味の部会活動を通じ交流を深めてきた。
近くの社宅に被災者の入居が始まった昨年5月、斎藤哲雄会長(77)らは高齢者がいる世帯を訪ねて回った。「気軽に顔を出してくださいね」と活動や行事予定が書かれた会報を手渡した。得意な「輪投げ」の文字を見つけた渡辺さんは、集会所に足を運ぶように。社宅で避難生活を送る35人のうち、65歳以上の高齢者は8人(12月26日現在)。これまで3人が入会した。
同県いわき市の飯島正克さん(70)は、大好きなカラオケで会を盛り上げる。自前のカラオケセットは自宅に置いてきたままで、参加は「いい気晴らし」という。11月にあった地域の祭りでは、みのり会代表の一人として300人以上の前でマイクを握り、大きな拍手を浴びた。「一緒に楽しんでもらえればそれでいいんです」と話す斎藤会長。仰々しい自己紹介も特別なもてなしも、必要なかった。